小説4

□森田と岡崎17
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深夜、仕事終わりでへとへとの体を引きずりうちに来てくれる岡崎は、やはり綺麗な顔をしている。

「はざーす」

その挨拶の原型が俺にはわからない。
だからとりあえず、俺はおかえりを返す。

「明日休みになった!なんと!」

そうか。それで今日はそんなに楽しそうなのか。

「新人が意外とできる子でさー。子っつーか年上だけど」
「それは」
「でも西尾がすげー先輩面すっからうっぜー」
「よかった」
「よくないよ、うぜーよ」
「あ、いや、新人さんが、できる人で」

少しでも岡崎の負担が軽減されればいい。

「女の人、だった?っけ」
「そうそうそう。平井はなんか嬉しそうにしてるなー、女一人だったし。俺の3こ上?主婦だって」
「まだ若い」
「ね。キッチンにもたまに入ってもらうかもって店長が言ってた」

ひとつ頷くと、布団に近づいてニコニコ笑いながら「つかれたっすー」とため息を吐く。

「お疲れ様」
「森田さんもね。ねー…、あ、やっぱ先に風呂。上がったらイチャつこうね」

何も言えない俺を残して、岡崎は浴室へ消える。

最近はうちの風呂を岡崎が使うことも増えたので、掃除をこっそり頑張っている。

部屋の隅へ目をやる。
岡崎用の布団は畳んだままだ。

自分の布団を敷くときに、迷って迷って、そして敷くのをやめた。

もし、もしも岡崎がいいと言うなら、くっついて、抱き締めて眠りたかった。
それを正直に伝えていいものか、我慢するべきなのか、判断がつかないまま岡崎が帰ってきてしまった。

まだ迷っている。
気づかないふりをしていれば、岡崎はこちらに来てくれるような気もする。
散々じっと我慢をしてから、でも嫌がられたら、と思うとやはりいても立ってもいられなくなり、起き上がって岡崎の布団に手を伸ばした。

「見て」

背後で声がして、どきりとしながら振り返る。

「ハタチの全裸」

そこには、風呂上りで一糸まとわぬ岡崎の姿があった。肌がしっとり濡れて火照っているのが見て取れる。
なぜか得意げなその顔を見て、かがみかけていた体勢から俺は尻餅をついた。
何も言えずに固まる。口が開いたままだったので急いで閉じた。

「ちょっと大丈夫なのー。反応薄い」

少し不満げに脱衣所に戻ろうとする岡崎が、何も言わない俺を何か誤解したのだと気づく。

「…岡崎さん!」

やっと出た声は、自分にしては大きなものだった。岡崎も驚き振り返った。

「ん、はぁい?」
「ちょっと…、あの…」

触れたい。

「どした?ちょっと待ってパジャマ着てくるし」

岡崎に触れたい。

その衝動はいつも俺を瞬時に支配してしまう。怖い程だ。

立ち上がり、少し怯んで前を隠そうとした岡崎にずんと近づいて、血色の良い唇に噛み付くようにキスをした。

「んー…」

岡崎が細い声を出し、俺の左手首をそっと掴んだ。
右腕で岡崎の肩を抱き、気がつけば息を止めたままキスをしていた。唇を離して荒い息を吐くと、岡崎がとろんとした目で俺を見た。

形のいい瞳。ふと我に返り、恥ずかしくなって目を逸らす。
綺麗に浮き出た鎖骨が目に入った。

「あー…森田さんー…目、逸らしちゃうの?続き、しないの?」

視線を追われて、さらに照れる。
すると岡崎は、俺の頬を両手で包んで固定した。

「見て…?俺のこと見て、森田さん」

岡崎の、少し掠れたような声が、俺を丸ごと包むような気がした。
さらに、囁くように彼は続けた。

「知ってる?好きな人を見ると、瞳の奥がハートの形になる人がいるんだって。…俺、なってる?森田さんのこと見て、ハートの形になってる?」

そんな話は聞いたことがなかった。でも岡崎の目は真剣だ。言われるままにその瞳を覗き込む。

岡崎の黒目は、少し色が薄い。自分とは、目の外枠も黒目のまるも、すべての大きさが違うような気がした。

綺麗だ。本当に。
ぼうっと見惚れていると、岡崎が魅惑的に笑う。目が少し細くなり、目尻が下がる。

「ウソだよ」

でもなっちゃうかも。ハートの形に。

言いながら、ゆっくり優しく俺の唇を噛んだ。
気持ちよくて、体が震えた。



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