小説4

□切望
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土日をゆっくり過ごすために、金曜の退社は深夜になることが多い。
その日も家に帰りついたのは深夜1時を回ったころだった。

部屋の電気をつけ、スーツのポケットから携帯と煙草を取り出してテーブルに放る。
ネクタイを緩めて上着を脱いだところで、携帯が鳴った。

「もしもし。どうした」

相手は歩だった。

『こーすけ?』

その声音から、異変を感じ取る。

「歩?」
『こうすけ』
「…お前、飲んだ?」
『かえれない』

いつもと違い、気が緩み切った声だ。

「どこにいる」

歩はここから車で15分くらいの場所にあるコンビニの名前を言った。

「迎えに行こうか」
『うん』
「……本当に?」
『うん』

こんなことは初めてだ。いつも、意地を張って断るくせに。

未成年が酒を飲んでけしからんと気づいたのは、そこへ向かう車の中だった。

コンビニに着くと、歩は雑誌コーナーにとろんとした顔をして立っていた。
ガラス越しにその姿を見つけて、思わず頬が緩む。
俺にそんな顔を見せることは今までなかったから。

歩は俺の車に気づき、すぐに駐車場へ出てきた。笑ってはいない。でも、へにゃっとしている。

「飲んだのか」
「うん」
「どこで」
「友達んち」
「親は?」
「いなかった」

乗り込んでシートベルトをすると、歩はじっと俺を見た。

「何」
「こうすけだ」
「…そうだけど」
「迎えに来たの」

そう言って目を閉じて、眠りにつく寸前、歩は微かに笑った。

「お前が来いって言ったんだろ」

そう言い返す声は、自分のものと思えないほど柔らかかった。



抱きかかえるようにして歩を家の中へ運び、ソファへ寝かせる。ほっと一息ついて立ったままソファの背に寄りかかると、歩が目を覚まし、起き上った。

「こうすけ…」
「何」
「怒ってる?」
「いや。何を?」

煙草に火をつけてから、横になる歩を見下ろすと、ぼんやりした顔をした彼は俺を座らせてその膝に頭を乗せた。腰に抱きつかれて動けなくなる。

「酔った」
「お前、やめろよ…」
「なにを?ひざまくら?」

眉間にしわを寄せた不安そうな顔に、色気を感じて思わずキスをした。

「違う。あんまり…酔ったりすんな。心配、するだろ」

正直未成年の飲酒なんか、別に俺はどうでもいいと思っている。
でも、俺の前ですらそんなに無防備になるのなら。

「心配した?」

いつもよりあどけない顔をして俺の首を引き寄せる歩に、我慢ができなくなってのしかかった。

「酒くさい…?」
「いいよ…なんでも」

酒のにおいは確かにした。でもいつもと違う声、態度、表情、その全てに引っ張られる。

「あゆちゃん」

いつもは怒るその呼び方も。

「うう」

唸って赤い顔で目を逸らす。



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