小説4

□森田と岡崎18
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「どうしたの!その顔!」

配送に来た森田さんの顔を見て叫んで駆け寄る。

左目のすぐ下にガーゼが貼ってあって、目も少し赤く腫れてる。

びっくりして心臓が痛くなった。

森田さんは気まずそうに少し笑って下を向く。
俺の声に驚いたのか、床掃除をしてた西尾が小走りに戻ってきた。

「ケガ、ねえ、どうした?」

下から覗き込むと、森田さんはとりあえず荷物を下に下ろす。

やだやだ。森田さん。

心配で頭が真っ白になる。

「喧嘩を…止めてみた」

森田さんはまた、恥ずかしそうに笑ってほっぺを指でかいた。

「ケンカ?」
「うん」
「誰の?」
「…知らない人たち」
「なんで?」
「いや…なんとなく」
「大丈夫なの?痛い?ケガ、他は?腫れてるし…ガーゼの下、ひどいの?」

知らないうちに思いっきり眉間にシワが寄ってたみたい。森田さんはふっと笑った。

「大丈夫。もう、痛くないです」
「…そっか」

様子を見てた西尾も安心したのか掃除に戻って行った。

「びっくりしたー…あとで詳しく教えてね?大丈夫なんだよね?」

うん、と言って森田さんは伝票を差し出した。
サインして返す。そしてまた、顔を見上げる。
綺麗な目。

かわいそうに。痛いだろう。誰だよ。誰のせいだよ。ふざけんな。

森田さんが一瞬俺を見て、耳元に口を寄せた。

「今…倉庫、誰かいますか」

息を吸い込んで固まる。思い出すのは、告った次の日に倉庫で後ろから抱きしめられた時のこと。

でも俺の体は勝手に動いて、森田さんから受け取った荷物を持って倉庫へ向かう。
森田さんもついてくる。

ああ。だめだ。こんなの、だめだ。仕事中。店だし、こんな、こんな気持ちは、今は。

倉庫に入った途端、森田さんが俺の肩を抱く。
たった今ダメだと思ったばかりなのに、ダンボールをそこらへんに雑に置いたその腕で森田さんを自分の方へ引き寄せる。

すぐ近くに、西尾がいるかもしれない。

「ねえ…ほんとに大丈夫?」

ガーゼの貼られていない方のほっぺを撫でながら、小さな声で聞く。すぐそばに森田さんの顔がある。

「大丈夫」

森田さんの声も小さい。でもちゃんと聞こえる距離。

「…やだよ…ケガとか…」

しないで。俺がイヤだから。ケンカなんかほっときなよ。

そんな自分勝手な気持ちを森田さんにぶつける。

森田さんはコクリとうなずいた。

森田さんの顔がさらに近づいて、俺も動く。
森田さんの唇は乾いていた。俺の肩を抱く手に力が入るのがわかって、体が少し熱くなる。

触れるだけのキスが何度か続く。
遠くでキッチンスタッフが何か言うのが聞こえた。

ああ。店だ。俺、何してんだ。

「…岡崎さん」

熱い吐息と一緒に森田さんが俺を呼んで、その瞬間、仕事がどうでもよくなりかける。
クビになったって、別の店探せばいいだけ。

唇がまたくっつく。もっと。森田さんの首を、頭を撫でる。もっと。

西尾の声も聞こえて、また現実に戻った。

「だめ、森田さん…もう行かなきゃ…」
「もう少し…」

森田さんは俺の後頭部を押さえて舌を入れてきた。

「あっ、んん…っ」

膝から崩れ落ちそうになる。舌と舌が触れ合って、体がびくつく。

だめだ、すげー感じる。やばい。

くちゅ、ぴちゃ、といやらしい音が狭い倉庫でやけに近く浸透してしまう。
森田さんの息が荒くなって、それを聞いて細いあえぎ声が漏れた。
腰が動きそうになる。

だめ。

「んっ…ん…」

だめだ。

「森田さん…っ」

唐突に、森田さんの舌が離れて、俺は一度ぎゅっと目を閉じた。

「大丈夫?」

森田さんの声にうなずいて、「先に出て。あとで家行くね」と言う。
森田さんは何か言いかけて、でも結局何も言わずに、少し赤い顔をして倉庫から出て行った。

壁にもたれて深呼吸しながら、後悔が押し寄せる。



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