あなたとの距離
□分け前なんて期待してすら居なかった
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「いったわね、石くんなんてもう馬鹿松!」
「あんだとこの童顔ちび女!」
石くんに、わたしの史上最大のコンプレックスをハリケーンボルトで完膚なきまでにつぶされたのちブーメランスクエアーでかきまわされた。
おかげで心があつくあつくもえたぎって仕方がない。
「石くんだって男の子にしたら凄く小さいじゃない!」
「おめえより大きいから善いんだよ!それに俺様はまだ伸びる!!」
「なに云ってるの、石くんだってもう13なんだからそろそろ成長なんて止まるわよ!」
「おめえと一緒にすんな、このちび、ちび、こども!」
「きいいっ、もうゆるさないからね!」
「そらあこっちのセリフだぜ!」
こんな小学生みたいにどうでもいい喧嘩でわたしたちはいつも気分を害したり盛り上げてみたりするのだ。
「しんじられない…」
菊ちゃんを見つけて走って行く背中を見ながら呟いた。
あろうことか、ばかでばかのあんぽんたんな石くんは、そのおかげでわたしに男の子が寄らないとまでのたまったのだ。
許すまじ許すまじ、念じて20センチの靴底を視る(ちょっとみじめだった)。
うしろをふっと視ると、志那虎くんがわらった。
「懲りねえなあ、お前らも」
「ちがうの、わたしじゃないの、石くんがくるの、ひどいことを云いに」
「その割にはお前も楽しそうじゃねえか」
「ぜんぜんたのしくない、話すなら河井くんが善い」
「拗ねるなって、冗談だ、冗談」
わたしが口をとがらせて云うと、志那虎くんはお兄さんみたいにわらって云う。
2つしか歳は上じゃないのに、なんだか高校生とか大人の人みたいだ。
志那虎くんの背後数十メートル先に、見慣れた黒髪を見つけて心が鳴る。
わたしの表情の変化に気付いた志那虎くんが一瞬変な顔をした後、察してくれたようにわらう。
「河井くん!」
一回じゃ聴こえなかったのかかれはそのまま、わたしの反対側の通路に向いて歩いて行く。
「か、河井くん!!」
今度は走り寄って、すこし近付いて叫んだ。
「林檎」
すっと驚いた顔をしてこっちを視る。
「河井くん、お帰りなさい、どこ行っていたの」
いつもみたく尋ねると、かれはいつもどおりじゃない反応をした。
唇に人差し指を当ててほほえみながら、しいっ、ひみつ、の合図をした。
「あんまり深く訊かないでくださいよ」
「…なにか、買い物?」
ちいさなちいさな声でおずおずと尋ねる。
「ええ、」
左手に提げたちいさな紙袋をすこし上げていった。
「…わかった、空気、読む!」
「お利口さんです、ふふふ」
15センチも上から、わたしのただでさえぐるぐる天然パーマの頭をかるく押した。
翌日の朝に、菊ちゃんに指輪について突っ込まれている雪埜を見つけた。
薬指の銀色は、わたしが初めて視る形だった。
「うん、武士くんが、……、そうなの、…」
「もう!熱いっちゃねー!」
すこし頬を染めて菊ちゃんの肩を押して掛け合う彼女を視ると、こんな宿舎なんて爆発すればいいのにと一瞬だけ危ういことを考えた。
昨日がクリスマス・イブだったなんてことはずっと判っていたことだった。
(あれ、わたしには何にもないのか)
(べつに何にもなくて善いけど、)
(恋、みたいなもの、は要らないや)
分け前なんて期待してすらいなかった