□潤いだす造花
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わたしは、「剣崎順」が、 すきだ。

何時からかは今更判らないけれど、でも、こういう、俗っぽい安っぽい尊いかんじを彼に持っているのは確かだ。





「順さん」

練習上がりなのか、取り巻き上がりなのか、さっきまで多くの黄色い声に囲まれていた彼に声をかけると、彼はすこし面倒そうに眼を配せた。


「……」

「あの、これ、」

「お前か」

今日はこういう日なんだって、彼に取って云えば、今更って話なんだろうけれど、


「お誕生日…あの、今年も、ですけれどその…」



幼馴染だって云ったって、それだけだ。

いつもそこからはお互い踏み込まずに別れて、勇気を振り絞りわたしが会いに来て、また文頭にかえって、最終的に彼の眼中のそとにはじき返されて、大人にはちやほやと押されて、みじめなのだ、わたしは。



「へえ、手の込んだもん作ったもんだな」


「…はい、」



乱暴に、タオルよりも適当に受け取るとしげしげと眺めて声に出した。

ふと、首にかかった、ペンダントの輪っかがきらっと眼に着く。


「順、さん、今日はそれ、素敵なペンダントですね、」


そう、わたしは家柄を崩さない様に、つつましく、大人しく、貞叔に、


「ああ」

目利きすれば、高価なものではないようだけれど、随分と大切そうに付けている。

ピンク色のパーカーと、こげ茶色のお下げがよぎる。


「どなたかからの、贈り物でしょうか」

「お前には関係ない」


ふん、と鼻を鳴らして得意げに、軽く指輪を握る。


「大切な方から、の、?」

陳腐な、ブランドの5ケタ分の箱の外身を押し返し中身をひっつかむと
「ああ」


流し眼で半分だけわたしを視て、ふっと笑った。


(あああああ、この顔、)

この、得意そうな、つよい顔がいちばん好きだ、
自分の為にこんな顔をする日が来たらなんて、願って願って、わたし、


「あ、もしかしてこの間の、確か高嶺くんの…」

わたしが勢いづくと何かを察したのかちょっと眼が吊りあがって強く云う。
「しつこいんだよ」

そうして見惚れるきれいな顔立ちに微動だにせず凄まれて、ことばが全部消滅する。

「ごめん、なさい…」


「オヤジどもに何吹き込まれてんだか知らねえが、俺はお前と」
「違います」


すこし面倒そうに、眉をひそめて怪訝そうにする。

ああもう、知っているくせに、


「わたしは、わたしの意志で、順さんにこうして会いに来ているのです、誰かの指示なんて…」

「だったら尚更だ、俺は応えないぜ」


5桁のお札3枚を費やした、痛くもかゆくもないチョコレートの包装紙ごと投げ付けて、踵を返してこんどこそ行ってしまった。



たん、たんっ、たたん、

うしろから荒い息遣いが足音と走ってくると思うと、まさにそれはピンク色で、お下げだった。


「剣崎!!」

とんっ、と、彼女の持った鞄が当たり、押し付けられっぱなしのギフトボックスが床に落ちる。



「ああっ、ごめん、怪我はないっちゃね?」

「だ…大丈夫です、あの」


「ん?」

「これ、よかったら、どうぞ、なんだか、じゅ…剣崎さんはお気に召さなかったようで」


硬いビニールの袋を掲げると、彼女はきょとんと受け取った。

「うっひゃあ…これ、いくらするっちゃね?それにしても、女の子からのプレゼントを突き返すなんて、あいつ…」

「あ、いいえ、お気になさらず、気にしてませんから、…それでは」


令嬢らしくわらって、うしろの階段へ足を向けると、彼女がわたしの腕を掴んだ。
「ちょっと待つっちゃ、あいつに謝らせないと!」

「…いいです、そんな、」


「善いから、」


彼女はお構いなしにわたしを廊下の奥へと引っ張り込む。


「あんた、名前は?」

照明の揺れる道を二人で歩く。
ブランドの白いワンピースが、なんだかとっても惨めだ。


「蒼井林檎と申します、あなたは…確か」

「菊!高嶺、菊ってんだ、視たとこ金持ちっぽいけど、何処かのお嬢様かい?」

「よく応援に来られていらっしゃいますよね、存じています、わたしの実家は、ワインの会社を、海外にも日本にも、幾つか持っているので、こういうお菓子なんか、よく入るんです」

「へえ、ずいぶん小洒落たとこなんだなー、剣崎の知り合い?」

「ええ、幼馴染のようなものです、親同士が親しいもので、」

「あっ、こんなとこにいたか!!」


シャワー室に入ろうとする彼を、菊さんがひっ捕まえる。

「んだよ、菊、おめえ、何の邪魔を…」

顔を挙げると、わたしと視線がかち合う。


すこし眉をひそめて、ちいさな溜息を交えて云った。

「こいつに連れてこられたのか、菊」


「違うっちゃ!!お前は今からこの子に謝るんだよ」

眼を見開いて、すっと細める。

「ご、ごめんなさい、気分悪いですよね、こんな…し、失礼しま「待て」


「ああ菊、先に行ってろ、すぐに戻る」


「逃げたりしないっちゃね?」

「しねえよ」


た、と菊さんが踵を返し小走りで遠ざかる。

意に重くのしかかる空気に眼が覚める。
向かい合って立っているのに、夢みたいに痛い。



「蒼井、さっきも云ったと思うが」

「俺はお前を愛さない」

力のない、わたしの拳が締まっていく。


「判ってんだろ、俺の好きな女は」

「菊さんですよね」


「………」


知っていたんだ、
なのに頷かれるのを恐れるなんて変だ、


「…ああ、だから、お前は」


わたしにかつて向けていた筈の笑みでやさしくやさしく云った。



「こんなお嬢様になり切ってねえで、お前らしく他の男を好きになれよ」




柔らかく、薄い霜のように空気が凍ってあたたかい。



「そうね、」


無邪気で、ひたむきで、礼儀知らずな彼女の頬笑みが残る。

あああ、きれいに飾ったって駄目だったのか、このひとに欲しかったのは、こんなわたしではなかったんだ、


「お互い、忘れましょう、」
こんなつもりはないのよと涙腺にきつく聞かせて、がんばって「無邪気に」笑ったら、彼はすこしせつなそうに頷いて前へ歩いて行った。


「さよなら!」





(かざらない高嶺のはなにぜんぶもっていかれた)
(世話のない飾り立てたドライフラワーには)
(興味なんてないってさ)


潤いだす造花

(とどめに、もういっこ)
(さよなら)

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