□ミルキイウェイのはるかかなた
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わたしがもしも神話の中に出てくるなら、大して物語のない、何にも凄くないただの女の子なんだろう。


織姫様のベガだとか、アンドロメダとか、おとめ座のスピカだとか、そんな風に劇的な恋をして、悲劇的だったりロマンチックだったり、そうして神様に星座にしてもらうなんてこともないだろう。



ああ、どうしてわたしって普通の女の子なんだろう。




「星、見えますか」

水色のポロシャツに白いジャージを羽織って、彼が屋上にやってくる。


本当なら、もっとしっかり夜空が視えるはずなんだけれど、ここは東京という大都会で、何も視えないほどではないけれど、やっぱりこの間遊びに行った支那虎くんのお家の近くの夜空にはすこし明るい気がする。



「よくみえないけど、ここは都会だしこんな時間でもあんまり暗くないから」


「本当だ、むしろこの夜景の方が星空みたいですね」

「うん、せっかく、七夕だと思ってお祈りしに来たのに、ちょっと残念だった」



スッ、と河井くんがわたしの隣に立つ。

軽くて長い金属音がして、わたしと同じ様に柵に身体を掛ける。



「あ、でもほら!」

気の遠い沈黙を彼が案外大きな声で突くのでわたしはびっくりした。



「夏の大三角形って、あれですよね」


河井くんがわたしよりも高い所から興奮気味に指をさす。


「すごいね河井くん、星座わかるの」


何にも判らないわたしは、ただきょとんと人差し指の先を辿る。



「小学校で昔、やりませんでしたか」

「ううん、全然覚えてない、記憶力善いんだね」



「そう、夏休みの宿題に、これを探すっていうのが出たことがあって…そうか、ここでも見えるんだ」

「どれが三角なの」



「あれですよ、あの大きいのがベガ、織姫様…見えますか…あのとんがり帽子みたいなビルの真上の」

「とんがり帽子みたいなビル?」


タンッ、

河井くんがわたしの後ろに回り込んで、背中に密着する。


あついせなかに、首から体温が逃げていく。


「ええと…あれ、ほら、あれです」


わたしの腕をわざわざ取って、目印のビルからその織姫様の星をなぞった。

凄くしっかりした腕なんだなあ。当たり前だけど。


「おおお」

「見えましたか」


「うん、あれが織姫様なの」


「はい、そして、こう、横にスッとずれて…そう、これがアルタイル、彦星様ですね」


河井くんに任せた腕を眼で追っていく。


さっきの織姫様より幾分か淡い、真白な点に辿り着く。


「すごい、やっぱり伝説は存在したんだね」

「ふふ、そうおもいますか」


「河井くんは思わないの」

「一応、七夕っていう話は好きだけど…実際に視た訳じゃないですし」

「でもほら、二人ともあそこにいたよ」

「あれは星ですから」

「だって、お星様になったんでしょ」


河井くんの云いたいことも判るけれど。


「でもほら、河井くんが云いたいのはあれでしょ、」

「二人の態度にかこつけて、散々引き裂いておいて、かわいそうだから星にして年に1回位会わせてやろうなんて、ちょっと都合が善いかも」


「しかも星なんて動かないし会えたかどうかとか、ちょっと怪しくないですか」


「あああ、確かにね」



「大体、彦星も彦星ですよね」

「そうだね、よく彼女と会うの年1で我慢できるね」

「ぼくだったら絶対に無理ですよ」

「わたしも」


冷たくならない夏の夜風よりも近くに、彼が居ることがわたしの、織姫様に対する勝ち点だと思った。



(そんなに会いたいなら、掛け墜ちてくればいいのに)
(ぼくなら、そうするのに)

ミルキイウェイのはるかかなた

今日から夏の大三角は河井くん大三角と名付けよう。

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