□はやく魔法使いにしてよ
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パステルピンクのシーツの上で、わたしはただ何をする訳でもなく近くの貴子さんを視ていた。

漫画に出てきそうな少女趣味の、それでいて嫌みなく落ち着いた部屋は、色気のない一般市民には別世界、異空間だ。

そもそもこの部屋の主が浮世離れしたお嬢様ということでもあるんだけれど。


「貴子さん、」

一緒に過ごしたいのだか邪魔なのだか判らない心地に、わたしは耐えきれず声を上げた。


「なあに」

ひときわあまく発せられるかんばせが不意打ちにわたしを時めかせた。



「わたしはどうしたらいいの、貴子さんいそがしいの」

落ち着かなさ気に尋ねてみると、彼女はこっちに向きなおって向かってくる。


どうしたの、どうしたの

わたし、なにか怒らせるようなことでもしたかしら。



しなやかな身体が、わたしを前にして歩くのを止める。


ギシっと音がして、マットレスごとわたしが揺れる。



ススス、白いジーンズを纏った女の子の腿がよりわたしに密着する。

恥ずかしさ照れくささに身体が熱くなってじわじわする。



予想をすこしさえ裏切ることなく音もなしに、貴子さんがわたしにもたれ掛かる。

身体自体の大きさで云えば、わたしなんかより10センチはゆうに背が高いから必然的に同じ高さに頭は来なくて、柔らかいチョコレートブラックの毛先がおでこに当たる。



「あったかい」

「どうしたの」

「待っていたの」

「何を?わたしを?」

「ええ、折角傍にいるのに、何も云ってくれないから」
我慢できなくなっちゃったのよ。


甘ったるくて掠れ気味の貴子さんの声が直接わたしの骨に響く。

やっぱり暖かくて、そのまま動かないで眠ってしまいたい。


「ねえ、」

貴子さんが緩く張った沈黙をかき回す。


ふ、

泣き出したみたいな息遣いと衝撃を感じた。

ああ、この人は本当にこんな所だけただの女の子になってしまうのだ。


「…」

穏やかで鋭い嗚咽から前に進みあぐねていた貴子さんが、何かを脱ぎ捨てる様に云った。




「すきよ、」


「わたしも、すきです」


「善いお友達として、ね」


わたしの瞼がかっとなる。



「はい、とっても素敵なお友達として。」


こんな風に誰にも視えない所で誰かに気を遣って念を押すのはわたしたちの儀式みたいなものだった。



そしてお互いは気付きっ放しでこんな陳腐な音を唄うのだ。


貴子さんの背中越しに髪に手を伸ばす。


「貴子さん、は、きれいですね」

「なんで、私は、ちっとも綺麗じゃないわ」



わたしとこうして肌越しにくっついているというのに彼女はそんなことを云う。


だけど私は知っているのだ。

彼女は自分を綺麗じゃないなんて云える程にきれいな人間だと。


「貴子さん、」


腕を引っ込めて、正面に伸ばして向き直る。


「すきですから、友情の、証です」


捕まえる様に手先をぎゅっと握ると、震えながら躊躇いなく握り返した。


「そうね、愛情の、証だものね」

頭を離して、二人で眼を閉じて、


どちらともなく口づけて、どちらともなく離れる。


そうして眼を合わせないで、

貴子さんの長い腕がわたしを巻いて締まる。

いつか図鑑で見たあの鼠の様にこのままどうにかなってしまいたい。


鍵のない部屋の向うで、彼女の弟さんが引いたワルツで視界は溶ける。



楽しいまま終わらないワルツの様に、私たちもずっと少女のままで居たいわね、


頬を伝う澄んだ河を集めて、心中してしまえたら善いのに。


(あんまりにも神様は不公平だ)
(こんなに好きだっていうのに)




はやく魔法使いにしてよ






せかいをかえさせて






貴子さんは、恋愛とか等身大の感情が加わるとだれよりもおさない乙女になるんじゃないかとわたしは思っている。

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