□とかくクリーミーな昼下がり
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「紅茶が善いですか、コーヒーの方が好きですか」

「コーヒー飲めないから紅茶が善いな、わたしアールグレイが好き」




河井くんのおうちのキッチンはカウンターで、わたしのいつも使うシンクの1.5倍くらいの広さがある。

それでもって壁やデザインがとってもお洒落で、さり気なく別次元を感じさせる。


「判りました、お砂糖は?」

「ありがとう、お砂糖はいらない」



まっしろの壁に、掛けられたおたまやフライ返しやピーラーやトングだなんて小洒落た器具まである。

どれもスーパーで買った様なものなんかじゃなく、何処かのお高い百貨店の輸入雑貨屋さんのものとかなのだろう。




かちゃり、赤い異国風のスマートなマグカップがソーサーの上に出され、高い音でゆれる。

馴染みのあるこの紅茶も、わたしの飲み慣れたものとこの家のものでは、上流下流くらいの差があるに違いない。



カウンターに座らされて何にもする事がないわたしは薄紫のエプロンでホームベーカリーやら、スパイサーやら上級者向けのややこしい道具を使いこなす、河井くんの完璧さに圧倒されていた。

たぶんもう盛りつけられているであろうパスタがふた皿、カウンターテーブル越しに視える。


「河井くん、料理できるなんて知らなかった。すごいね」



カラカラ、スパイサーで胡椒を引く手を止めないで彼が云う。


「姉さんが、こういうのに凝る人だから、ぼくもいつの間にか好きになっていました」


「貴子さんが、普段はお料理するの」

「はい、大体は。ぼくは学校で遅くなるし」



そうか、おかあさまいないものね。


昼間の白い光の中で、そつなく大胆に動いている、テーブル越しの彼は、当然のごとくジムの中とは別の人格だ。

ファンの女の子になんて見せられない素敵なすがただ。






じゃあ、と水を流す音がして、お皿が鳴る音がする。


「あ、善いよわたしお皿洗いくらいするから」

「気にしないでください、すぐに終わります」

静かに微笑んで、本当に何でもないことみたいにてきぱきと片付けられていく。



エプロンを、しゅるっと解いて椅子に掛けると、おおきなお皿を二つ、両手に持って歩いてきた。


テーブルの、麻布のコースターの上にひとつずつ、向かい合わせの席に、ナントカナントカーノ、とかいう名前(だった気がする)パスタのお皿とフォークとスプーンが置かれた。



「遅くなってごめんなさい」


「ううん、凄くおいしそう。さすが河井くんだね」


「ありがとう、あ。あと、」


きゅっ、とわたしの肩を抱えて立ち上げられたかと思ったら、河井くんが近付いてきた。


「ハッピーバースデイ」


顔を一瞬だけ耳元にもってきて囁いた。


紅茶の強いミルクティみたいなあまくて濃くて上品な声が脳に刺さる。

そうしてくいっと真正面に来て、河井くんがわたしの顔にくっついた。




(ひどく柔らかい温度がした)
(次にはにかんでなにかささやいて、頂きますをした)
(エプロンを着ない彼に料理されてしまいたいと思った)

とかくクリーミーな昼下がり

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