□彼女の青春を捧げた見返り=わたしの青春
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本当は石くんがとっても大人びた人だなんて、気付いているのはわたしだけなものなんだろう。








「石くん!」

「おう、何だい」



雨上がりのくすんだ黄色い夕焼けを浴びて歩く河川敷には、昼間のような尖ったあつさはない。

全部が生ぬるくて、不快で、まあでもこんな悩みが青春かなとも思う。



「石くんってさ、」

10メートル先を歩く集団の中に光るピンクのパーカーに視線を当てて云う。



「菊ちゃんのこと、すきでしょ」


云い放ってからの後悔に、変な潔さが混じった。



ああやめて、応えないで応えないで応えないで



「おう、好きだぜ」

「ほら、やっぱり!絶対そうだと思ってたんだあ」



鼻の奥を刺されて、瞼に響く。



「え!?そんなに判り易かったか!…まあ俺は一途だからな、しょうがねえよ」

「うん、そんな感じ」



「それで、」

「それでどうなの、脈ありなの」


「…ねえよ。」



ぱっと一瞬だけ、電灯が消えた。

ぱっと一瞬だけ、胸が躍る。わたしはなんて奴だ。


「どうして」

「どうしてっておめえ、そんなものは本人に訊けってんだよ」


ちょっと遠くの誰かを連想しながら石くんが軽い調子で低く云う。


「ふうん、そうなの」

「ああ、そういうこった」





菊ちゃんを嫌いになるのが嫌で、深追いを止めて石くんから眼を逸らす。

本当はわたし、ちょっとだけ泣いているかもしれない。




「ねえ石くん、」

「今度は何だよ」

「わたしのこと、すき?」


期待したより躊躇いなく言葉は突き返された。


「おう、好きだぜ」

「だと思った、判ってるよ!」



こんなわたしの脳内独り相撲の土俵の外で、石くんの浅黒くて幼い顔立ちはなお夕陽で磨きがかかって素敵に視えたけど、


わたしなんか関係ない所で胸を焦がしている彼の、わたしだけに視えたその大人びた横顔は、一層彼を忘れられなくした。



頭の後ろで腕を組んで、外股気味に歩くコミカルな道化師は隣で、9メートル先のピンクのパーカーを満足げに見詰めていた。



「菊ちゃん、可愛いよね」

「ああ、世界で一番だぜ菊ちゃんは」



「好きだねえ」

「安心しなって、お前も可愛い方だぜ」



「嘘ばっかり、思ってないくせに」

「バッカヤロオ、この石松様を信用してないのかよ」


「石くん嘘ばっかり云うもん」





彼が意識していたかは判らないけれど、この会話中、石くんが彼女から視線を外すことはなかった。




わたしもこんな風に、


「(すきだってだけで善いなんて云えたらなあ)」



眼の前を歩く、白と白の間のピンク色に、密かに嫉妬した。



(最果て、わたしのほしいものはぜんぶ手にしてしまう)
(それが彼女とわたしの違い)

彼女の青春を捧げた視返り=わたしの青春






菊ちゃんは、犠牲にしたものもあるかも知れないけど、結局色んなものを手に入れてしまったんじゃないかと思いました。

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