□初恋は無期懲役
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石くんのすがたに、わたしは憧れしか抱かない。



背が低かろうと、お行儀が悪かろうと、足が短かろうと、

どんなときだって強気で、一生懸命で、弱い人に対してとってもやさしくて、一途で、まっすぐな彼は本当に凄い人だと思う。


試合のたびに視るハリケーンボルトなんか、視てるだけで呼吸が止まるし、

一回、あれを喰らって怪我をしたっていいとさえ思う。



憧れとすきは、愛や理解とはいちばん遠い感情だって聞いたことがある。


でも、わたしは石くんをすきだし、憧れてもいる。


だけどすきと憧れは、愛や理解って云う大切なものとは一番に遠いエゴイスティックなのだ。




それもそうだ。


だって、わたしは石くんが菊ちゃんをたとえ大好きであってもそれを理解して、愛を以てしてすきを辞めることなんてできないし、どれだけ石くんが難しい感情を持っていたとしても、最終的には完璧に理解してあげられないのに、そんな彼に憧れを抱き締めるだけなのだ。





「一個だけ、願い事をしても善いです、絶対に叶えてあげます!って言ったら石くんはどうする?」


「そりゃあまた唐突だな」


「わたしはいつも雰囲気で生きているもの」


「願い事かあ…一個なんだろ?」



小さな顔をめいっぱい真面目にして、石くんは考える。



「おめえなら、なんて云うんだ?」

ふいっと顔をあげてわたしに問い返す。


「ふふふ、知りたい?知りたい?」


一気に興奮に達してしまって、わたしの頭は冷静になるのを諦めてしまった。



「…なんだろうね、」


「もちろん兄さんがもっとやさしくなってくれたら嬉しいし、志那虎くんがもっと明るくはしゃいでくれたら話しやすいし、河井くんみたいにピアノが弾けたらかっこいいなあ…でも、竜くんみたいな可愛い弟が欲しいし、菊ちゃんみたいなお姉さんが欲しい。貴子さんみたいな落ち着いた美人になりたいし、石くんよりも身長が欲しいし、最近考えたブローがもうちょっとかっこよく決まる様にしたいなあ。そういえば駅前のケーキ屋さんのモンブランをまだ食べたことがないし…あっ、新しい洋服も欲しいなあ。大会で会った皆のおうちに遊びに行きたいし、実は東京から出たことがないんだよねえ…」


「やけに煩悩が多いな…ええと俺様は……」


煩悩108個きっちりに埋もれて生きるわたしの節操のない願いごとに、石くんが苦笑いする。



さあ、云ってしまえ。

菊ちゃんに振り向いて欲しい、心変わりしてしまえ、って、



「好きな人のこと、とかさ」



ぱっと息を吐いて石くんが応える。





「それだ!やっぱり菊ちゃんが幸せになって欲しい、かな」







無邪気で素敵な完璧な願い事は、わたしの瞼をずきんと刺して、呼吸を一瞬だけ止めた。





「おお、男らしいね、流石 石くんだ」




「へへ、やっぱりよ、こういうのって云うと照れるけどさ、最終的には大切な人が幸せになったらそれが一番だよな」



頬を掻きながら、ちょっと伏せ眼がちに石くんは云う。



わたしはもう、どうしようもない自己嫌悪と喪失感のスパイラルの真っただ中だ。



「…うん、でも何かちょっと予想外かも」



「予想外か?」



「ううん、石くんなら例えば…可愛い子と結婚する!とか云うと思った」


次の瞬間、わたしはこの自分の意味不明な気遣いを後悔することになる。




「そうなったらそれはそれで善いかもしんねえけどさ、やっぱり俺には菊ちゃんが一番好きだからさ」

それしか考えらんねえな、


ちょっと遠くを見つめながら、地に足を付けて満足げに云う。

こんな風に頬を染めて笑っている石くんの顔を、例えば硝子越しに、耳を塞いで視たらきっと今までみたく、かっこいい!だなんて余計なすきを募らせたんだろう。



「おめえは結局、どれにしたんだ?ケーキか、ピアノか、服か、顔か」



「最後のちょっとひどい、確かにあんまり美人じゃないけどさ」

「冗談だって」




石くんを聴いて済ませて帰る気満々だったわたしなのに、石くんに再び問い返されて、これはいよいよ決着をつけなきゃいけないことになった。



どうしよう、云ってしまおうか。


少なくとも悪くは思われていない筈だから、自分をすきだって言ったらやさしさで受け入れてくれるだろうか。

それとも、そんな風に視ていたことが知れて、結局軽蔑されてしまうのだろうか。




「えへへ、わたしはね、わたしもね、石くんと一緒にする」



「一緒?てえなるとあれか、おめえも好きなやつがいんのか」


「うん、ふふふ」


「おお?誰だ?剣崎…は兄貴だから無いか。竜か?いや、でもさっき弟って…旦那か?それとも河井か?…判った、河井だろ!おめえ、河井と仲が善いもんなあ」


わたしの好きな人についてぶつぶつと話す石くんを視て心が痛くなる。

「ぶー!全然違うよ、それ以前に、誰かなんていいでしょ」


「善かねえんだよ!ようし、そこまで云われちゃ絶対に暴いてやるぜ!!」



「大丈夫よ、石くんにだけは絶対に、教えないもん。でもって一生判らないから」



「何をーう!」





すこしずつむきになって、話題がずれて行くのを感じてわたしは決心したのだった。



絶対に、石くんを幸せにする、ためにわたしは憧れているだけの石くんを、ちゃんと理解して愛してあげます。




(神様どうか、石くんがわたしを好きになったらいいなんてもう云わないから)
(石くんをどうか幸せにしてあげてください) 


初恋は無期懲役

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