夢
□どうしようもない間違い
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「愛することに間違いなんか、ないよね、」
15センチ上、わたしの首に手をかけて貴子さんが云う。
声は、つよすぎる感情を包み切れずに掠れている。
「私たち、善いよね、愛したって善いよね、」
力を込めて、二酸化炭素とともに弱音を吐きだす。
泣いている。
さっきから、さっきまでもずっと、泣いている。
「武士がね、あなたのことをすきなんだって、」
いつものように貴子さんの家に遊びに行くと、貴子さんはピアノチェアに座って項垂れていた顔を上げ、わたしに微笑みかけた。
「わたしも、林檎がすきだと云ったらね、」
「『姉さん、ぼくは男の子として彼女がすきなんだよ、』って!」
貴子さんはヒステリック気味に叫んだ。
があん、と立ち上って、わたしにぶつかってくる。
そのまま貴子さんは私の背中ごと捕まえ、ホールドしてしまった。
「どうしよう林檎、武士も判ってくれないみたいだった、」
「貴子さん、大丈夫、わたしは女の子として貴子さんを愛していますから」
「『姉さんと彼女は女の子同士の友達って意味だろう?だからそのすきとは違うよ』って云っていたわ」
「そうですか、」
「違わなかったらどうするのって云ったらね、」
「はい」
「『ぼくは姉さんを信じているからね、まさか女の子同士でなんて間違いは起きやしないだろう?』ってね、」
そう云ったの、そう云ったのよ!
余程なみだは強まっているようだった。
「大丈夫ですよ、間違いじゃないもの」
右手を貴子さんの髪に伸ばしてさらさら撫でると、貴子さんは一層力を強くした。
細い貴子さんの柔らかい顎が当たる。
「間違いじゃないと云えるの、これでも」
貴子さんの顔が遠のいたと思うと、貴子さんのあかい唇がなみだにぬれたまま降ってきた。
(こういう間違いって、どう云う機序で起こるんだろう、)
(それにしても神様は気紛れすぎる)
どうしようもない間違い
(わたしたちのキスはいつも涙となけなしの希望の味)