□夜空が見ていた恋の臨終
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「石くん、」




1メートル左で眠る彼は身体中包帯と絆創膏とガーゼだらけだ。

なんたってさっきの試合で、生命をかけるだなんて無謀なことをしたのだから。




「いたいでしょ、石くん、」


「でもまだ頑張るの、」



涙が滲んだ声で、ばかみたいな駄々をこねる。


彼が聞いていないことを祈るだけだ。




「今度は大丈夫だったけど、これがどんどんひどくなっていくとね、」


「石くん死んじゃうんだよ、死んじゃうかもしれないの、わたしいやだよ、」





本当はこういうことは、菊ちゃんに云われたかっただろうけれど、






『待ってろ菊ちゃん、今回は格別にかっこよくきめてやるからな!』







それはほんの2時間と少し前のこと。




ふたりきりの病室には、静けさが重くて潰れそうになる。








時計の短い針が真横に寝たあたりで、わたしはようやく外を見詰めはじめた。




交互に石くんを視ていると、石くんの瞼がほんの少し動いた気がした。



「ん、」




かすかに声が鳴る。






「石くん、」



わたしは小さく声を上げる。







まだ眼を開けない石くんは、それでも意識は戻ったようだった。




「菊ちゃ…いや、その声は林檎か、」


「そうだよ、菊ちゃんじゃなくてごめんね、わたしだよ石くん、身体はどう、」



んんん、と息を長く吐いて石くんが静かに云う。


「ってえなあ……でもまあ、死ぬってほどじゃあねえけど、医者はなんて云ってた」




「ひと月くらいはここに入院だって、トレーニングはそのあと、」



「ひと月かあ…きついなあ」




ここでようやく眼をひらいてわたしを視る。


あわててわたしは電気を点ける。





「なんだ、皆は、」


「菊ちゃんは竜くんについてるよ、兄さんは先に帰ってもらったの」




「そんで、おめえがいてくれてたってか、あんがとな、」




いつになくやさしい声で石くんは云う。

この瀕死の状況と相まってそんな態度が不安になる。


まるで、



「急にやさしくなったね、なんか怖い」




「あほか、何もねえよ、なんだ、死ぬとでも思ったかよ」



「ちょっと思っちゃった、えへへ」



そう云いながら瞼がツンとして、視界は霞み始める。




「泣くない 、」


ふっ、と石くんが笑ってもらい泣きをする。




「でもねよかった、石くん全然元気じゃ、ほんとに、ほんとにわたし、」




「大丈夫だよ、俺様は死なねえって、」


はかなく笑って石くんは云う。




聞き慣れて聞き飽きたその台詞は、なんて頼もしくてせつないものだろう。





「わたし、石くんがこれ以上傷付くのつらいよ、でも石くんは頑張るでしょう、」




「まあな」




「だからわたし石くんのこと応援するよ、石くんが頑張れるように、」



「おめえ、いい嫁さんになれるぜ」





「…ならないよ、」



「ん?」





「お嫁さんには、ならない」








「そうだったな、」



(あなたはぜんぶ気付いていて拒まない)
(あなた以外のお嫁さんにはならないし、)
(あなたが望む以外の心配はしない)


夜空がみていた臨終



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