□やたらうつくしい文字
1ページ/1ページ

『しなとらくん、おつかれさま。落としものだよ!あと差し入れどうぞ! 林檎』






さっきジムの片づけをしていたら銀色のペンダントがリングの下の隅っこに落っこちているのを見つけた。


(あれ、だれの忘れ物、)



人の落し物は極力さわってはいけないと思ったけれど、これはきっとこのチームの誰かに違いない。


それかわたしか菊ちゃん位だと思う。

菊ちゃんはたぶん違うけれど。




(四角い、おお、大人っぽいな)


近付いて拾ってみると、思っていたよりも重みがあって、わたしがよく視る様なイミテーションのメッキ貼りとは違う様な気がした。



(誰のだ、名前なんて判るかなあ、)



薄いプレートの形をくるくるとまわしながらいろんな角度で視てみる。


やたらシンプルで、ちっとも手掛かりはつかめそうにない。



(困ったなあ…皆に聞きに行こうかな、)






ぱちん、と細かいでこぼこが眼に入る。



『K.S』



(おおおお!イニシャルだ!昨今流行りのイニシャル彫りだ!!!)




KでSなら正体は判った様なものだ。




(志那虎くんのもの拾っちゃった!)


一気にわたしは興奮し、そのまま『志那虎くんにこのペンダントをいかに印象深く返すか、かつその先のコミュニケーションにつなげていくか』の妄想にスイッチする。



(普通に渡す?のも善いんだけどそれだと今までと変わらないし、)

(二人っきりになんてわたし、呼び出せる訳ないし、)

(あああああ恥ずかしい、でもこのチャンス逃すまじ)


だけれどあんな低い声でありがとうなんて云われてしまったらもう幸せ以外の何でもない。



(もういいや、普通に部屋に渡しに行こう)







宿舎はみんなが云うよりもずっと面倒くさい構造になっていて、わたしは未だに一発で自分の部屋に辿り着けない。(悔しいことに石くんはもう憶えてしまった!)




(あれ?また階を間違えたかな、)

部屋の前に来ているというのに、少しくらい聴こえて善いはずの話し声もさっぱり聞こえない。



(ええええ、…まあでも違ったら謝れば善いか)




あんまり音のしないドアを開けると、中には誰もいなかった。



けれど見覚えのある剣(の入った袋)やら兄さんのエナメルバッグが眼に入ったので、安心した。




居ないのか、残念。





(あ、そうだ、)






わたしはとんでも無くナイスなアイディアを思いついてしまったので、ドアを閉め部屋の位置を確認すると、全力疾走で自分の部屋に戻った。







(便せんより、付箋のほうが飛ばないし善いよね!)
(志那虎くん、疲れてるかなあ、よし、これも一緒に付けとこう)


何だか無駄に鞄の中から、飴玉まで捜し出して付録した。





(ふおおおお、読んでくれるかな、)
(やだ、特別っぽい!!)






誰かが帰ってくる前にこの作戦をかっこよく遂行しなくてはならないので、わたしはまたもや全力疾走で階段を駆け上がり(若気の至り!)、さっきの部屋へと直行した。

むだに静かに急いで部屋に入ると、さっきと変りなく人影も音も無い。



(よし、これで任務完了よ!)




志那虎くんの鞄の横に、ペンダントと付箋つきの飴玉を慎重に置くと、やたらポジショニングが気になりだした。




(ううん、もうちょっと目立つ所に、)

(やっぱり、志那虎くんだけに視える所に、)

(ああ違う、)


「ああだめ、志那虎くんが帰ってきちゃう!」

「誰が帰ってくるって?」



聴こえるはずのないかっこいい声にわたしの心臓はどん!と痛む。


「うああああああ!志那虎くんん!!!!」

「何してんだ、ここは男部屋だぞ」



「べべべべ別に何もないよ!みんなは!?」



「夜の散歩って奴だ、もうそろそろ帰ってくるんじゃねえか、俺はとくに用事も無かったからな、先に帰って来ちまったが」


「そそ、そうなの!そうなんだね楽しかった!!?」


志那虎くんがすっと眼を細める。



「…おい、お前、俺の荷物の前で何してる?」



「なにもしてない!」



「嘘つけ、その、今置いてたのは何だ」




怒っている訳じゃないのは判っているけれど、こんな上から凄まれたら太刀打ちできない。




「なにもない!なにも届けに来てない!!」






「…おい石松、そんな…またコーラばかり…もう寝る前だぞ」


「おーう、旦那、もう帰ってたのかい」


全力で云い放って背中を向けると、竜くんやら石くんやらが部屋に入ってきた。




これ以上の恥ずかしいはいらない!退散だ!!!





「おつかれさま志那虎くん!!おやすみなさい!!!じゃあね!!!!」




「え、おいなんで林檎がこの部屋から…」



石くんにさえ不審がられたけれど、無視して走ってきてしまった。






(ああつら、恥ずかしい、はやくみんな忘れろ!!)







そうして密度の濃い数十分で締めた一日はすきと恥ずかしいで更けた。









明け方に、何となく物音がしたけれど、眼を開けずにまた眠った。

物音は、すぐにドアを閉めた。







そうしてその2時間後、わたしは枕元の板チョコに感動する羽目になるのだった。







(あれ、付箋これ、わたしの?)
(ちがう、裏返しで何か書いてある)

やたらうつくしい文字

『昨日はありがとな、礼だ』




こうしてこの交換付箋はわたしたちの恒例行事になっていくのだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ