□逝かないと、あなたが云うから
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「河井くんはさ、ロミジュリ、わかる?」


「ロミ…ロミオとジュリエットですか?」


「うん、そう、悲劇」



練習の合間の休日の蒼空は、いやにすっからかんで綺麗だ。


アールグレイをたたえた花柄のしろいティーカップが小さく鳴る。


「それが、どうかしましたか、」


「ううん、河井くんはどんなのに憧れるのかなあって、ロマンチストっぽいから」




大体同じ方向を向いた河井くんの、襟足がゆれる。


「ぼくは、」

ちょっとだけ首をすくめて、こっちを向かないまま云う。



「死にたくないなあ、亡くしたくもないし、」


そっと、鍵盤に乗るのと同じ指が窓枠に掛かる。


「現世で確かにどうしようもないとか、判らなくもないんですけどその…恋愛って、かなしいものにしちゃいけないと思うんですよねえ」


「うん、」


「愛し合うことは、たしかに真面目な感情だ、動かしようがないくらいに」


ふいっとこっちを向く。



「だけど、完璧に結ばれることが愛ってわけじゃない、それが完成って訳じゃないんですよね、ぼくとしては」

指を顎に当てて言葉を探す様に編んでいく。



「どうしようもないほど引き離された、として彼女は、若しも僕なら、きみは、林檎は、」

わたしに視線を合わせてすこし近付いて笑む。



「此の世にここにしか、いない訳だから、」


「そうね、もしも前世があったら幸せなんだろうけど、」



「それに恋愛は、しあわせに向かう為にひとを好きになることだ」

すこし眼を伏せる。


だから恋こそは、

喜劇であるべきだと!



「ロマンチストじゃなくて、幻滅しましたか」

「ううん、」




(何もかもまじめじゃないことが救い)
(そうよね、かれはこんな風に信念をもってくれるなら)
(わたしはすこしくらいかれの命の行方を、眼を逸らさないで視て、)



逝かないと、あなたが云うから

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