夢
□逝かないと、あなたが云うから
1ページ/1ページ
「河井くんはさ、ロミジュリ、わかる?」
「ロミ…ロミオとジュリエットですか?」
「うん、そう、悲劇」
練習の合間の休日の蒼空は、いやにすっからかんで綺麗だ。
アールグレイをたたえた花柄のしろいティーカップが小さく鳴る。
「それが、どうかしましたか、」
「ううん、河井くんはどんなのに憧れるのかなあって、ロマンチストっぽいから」
大体同じ方向を向いた河井くんの、襟足がゆれる。
「ぼくは、」
ちょっとだけ首をすくめて、こっちを向かないまま云う。
「死にたくないなあ、亡くしたくもないし、」
そっと、鍵盤に乗るのと同じ指が窓枠に掛かる。
「現世で確かにどうしようもないとか、判らなくもないんですけどその…恋愛って、かなしいものにしちゃいけないと思うんですよねえ」
「うん、」
「愛し合うことは、たしかに真面目な感情だ、動かしようがないくらいに」
ふいっとこっちを向く。
「だけど、完璧に結ばれることが愛ってわけじゃない、それが完成って訳じゃないんですよね、ぼくとしては」
指を顎に当てて言葉を探す様に編んでいく。
「どうしようもないほど引き離された、として彼女は、若しも僕なら、きみは、林檎は、」
わたしに視線を合わせてすこし近付いて笑む。
「此の世にここにしか、いない訳だから、」
「そうね、もしも前世があったら幸せなんだろうけど、」
「それに恋愛は、しあわせに向かう為にひとを好きになることだ」
すこし眼を伏せる。
だから恋こそは、
喜劇であるべきだと!
「ロマンチストじゃなくて、幻滅しましたか」
「ううん、」
(何もかもまじめじゃないことが救い)
(そうよね、かれはこんな風に信念をもってくれるなら)
(わたしはすこしくらいかれの命の行方を、眼を逸らさないで視て、)
逝かないと、あなたが云うから