□わたしだけがしっているあなたの寝顔
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にいさんはいつだってつよいひとだ。



リングの上でたたかうにいさんも、女の子からのおくりものをしげしげと選別するにいさんも、窓辺でとくいげにロードワークするみんなをながめるにいさんも、あまいものがきらいだと眉をひそめるにいさんも、わたしに何かしらもってこいとか、しらべてこいとか、何処其処へいってこいだとか、誰其れにあれをいってこいだとか、ああしろ、こうしろ、とにいさんのわたし遣いのあらいことだとか、じぶん勝手にふらっとよるにでかけてしまってばしんばしんと何かでトレーニングしていたり、ときに傷まみれになって泥々になって帰ってくるだとか、わたしはいろいろなかおの、いろいろなことをするにいさんをしっている。





「にいさん、おつかれさま」


「…タオル」


ポーカーフェイスに真っ赤な顔で、汗を流したにいさんはやはり精悍で、どこまでも無頼で、つよがりでつよい。


「どうぞ、ドリンク」


わたしの手から丁寧にひったくると、ぐいぐいと飲み干す。



ばちん、と右手に戻るボトルをびっと見詰めてわたしはにいさんを視上げ直す。




「にいさん、これからはもうおやすみになるの、」



「シャワーを浴びてからだ、今日はもう寝る」



「そう、」




お手伝いさんにお話をして、シャワールームに向かう。

にいさんの分の準備をして、わたしはそそくさと自室に戻る。




にいさんがこうして、じぶんのことにお手伝いさんを使いたがらなくなった訳は、わたしにはわからない。



お風呂上がりのにいさんのために、お紅茶の缶々を探しにひろい厨房へ出る。


何人かのシェフさんたちがこちらを視て、おずおずと声をかけたけれど、もう大丈夫ですと帰して、わたしはティーカップとソーサーを手に取る。




廊下に出て、兄さんの足音を聴くと、急いで戻ってお紅茶を入れる。

にいさんのすきなダージリン、



こぼさない様に、足元とお紅茶をいっぺんに視ながらわたしはにいさんの部屋のドアをノックする。





「誰だ」


「林檎だよ、にいさん、お紅茶、」



「要らねえ」


「そんなこと言わないで、ねえ、」




「勝手にしろ」




短い問答に折れたにいさんがわたしをゆるす。




ベッドに腰をかけて、タオルを首にかけて、別段何もしないでわたしを視ていた。



「はい、ここにおいておくね、」


「……ああ、」




ふだん、あんなに鋼鉄みたいなにいさんは、こうやって箱に隠してしまうとこんなにおとなしくてやわらかなひとになる。

プライドの高い猫みたいなあのつんとしたかたい結び目がとけて、ひどくやさしい顔になる。




お紅茶を飲み終わるまでわたしは、にいさんの隣に腰かけて待っていた。



きっと追い出されると思ったけれどにいさんはわたしをちらちらと視るだけで何にもいわないで、眠そうな瞼と一緒に舟を漕ぎながら、お紅茶で温まっていた。



「ねえにいさん、」


「ん、」


「わたしはにいさんがすきだよ、」


「ん、だからなんだ」


「なんでもないよ、」


「そうか、」


「お紅茶美味しい、」


「…うまい、」


「よかった、」





にいさんが飲み終わるとわたしはにいさんの手からティーカップをもらってそそくさと部屋を出て行った。



飲み終わる頃にはにいさんはほぼおやすみなさいだった。




















あれから1000日とすこしがすぎた。




にいさんは今もわたしのめのまえでおやすみなさいをしている。






「にいさん、おつかれさま、」





にいさんはとってもつよいひとだね、

こんどはタオルもドリンクも渡さないで、眼を閉じて背中を向けた。




「それじゃあね、」





(もう弐度と、かえらない)

わたしだけがしっているあなたの寝顔


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