□献身的かつ盲目的
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 かわらないことだと知っていて、わたしはちゃんと、河井くんをすきだと追いかけて生きるのだ。今日だって、今だって正に、こんな幸せで気楽に笑っていられる時間は絶対に短いものだと気付いて、なおわたしはここから一歩も引けないのだ。

 わたしがなんでかれを男の子へ、女の子として向けるあれとして好きなのかっていうことは、きっと私にしか判らない。いつからかなんて、訊くのすら野暮ってものだと思う。強いて云うなら出逢った瞬間からとしか云いようがないから。

 いまのこんな白昼夢的空想を、だれかが視た所でこれは恥ずかしい、幼いものだってわらうような、とりとめもないただの本気の気持ちでしかないけれど、それでも幸せだということに変わりはないしまぎれもなくわたしは河井くんに見惚れていちにちを使い果たす。

 ただひたこんな風に並べるすきの羅列は、決して彼には聴こえて居ないし、わたしがこの喉を震わせて外に吐き出してしまうつもりはない。そのためになけなしのちいさな唇はきりっと蓋をして結んであるのだ。この声をすこし深い所にしまってあるのだ。こぼれて、間違っても云わない様に。

 けれどたまに、魔が差してくちびるがふわふわと震えてしまって、踏み外しそうになる。かれは奥深くのことには何にも気付かないで、ただわたしの肩をはっと支えてくれるのだけれど、聴こえないようにと言い訳して、ちいさな呼気で謳ってしまおうかって考えることがある。決まってそんなときわたしの胸は正義の天使の様に早鐘で警告を打つ。

 しらないでいて、応えないで居てくれることがわたしにとっては心地善くて幸せなんだけど、それでもたまにちいさく細い、好意に傾いた矢印がちょん、と伸びることがあると、もう止まれなくなって、余計に想いを募らせるのだ。その矢印がすこし長いと、そいつが肩を押して、わたしをおぼれさせるのだ。それが正に今!


「ねえねえ河井くん!」

「林檎、」



すき!



(かれの名前に沿ってつづった間抜けな独白は、)
(わたしの夢の中で勝手に実を結びましたとさ、)




献身的かつ盲目的

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