昨日
□きみの為になるならと、
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今日は水まきの弾みに、ユニフォームごとグラウンドの上で水浸しにされ、ぴたぴたのユニフォームをみんなに凝視されるという醜態をさらした。
一昨日は剣城くんとわたしの制服を、着替えのときにすり替えたりなんかして、気まずいことこの上なかった。
フィールドの上で堂々とスリーサイズを訊いてきたりとか、わたしの辞書の、変な単語ばっかりにペンで線を引いて返すとか、わたしのドリンクにわさびを入れるだとか、わたしのデオドラントで遊んで使い果たすとか、たのしみの、お昼のカルピスを全部飲んでしまうだとか、わたしの携帯の電話帳の名前を入れ替えるだとか、悪行には限りがない。
こうして何回も何回も、憎らしいことをする同級生に困り果ててわたしはいったのだ、
「狩屋が、わたしにこういう変な悪戯するの辞めて、ちゃんと真面目に頑張ってホーリーロードを優勝したら何か一個、云うこと聴いてあげるよ、」
まあるい眼になった狩屋が、ぱああっと笑顔になって、わたしが安心していると、何呼吸かおいて訊き返してきた。
「なんでもいいの?」
「何だか素直だね、あ、何でもいいけど3DS買ってとか高価なのはだめだよ、」
口の端をちょっと上げて、いつもより気持ち純粋な笑顔をした。
あああしまった、これはしてやったりの顔だ。
「じゃあさ、林檎、」
どこだ、どこに落とし穴が。
狩屋の視線がわたしの顔から、下に下にずれて、丁度好い所で停まった。
そうしてかれはもういちどわたしを視る。
「胸、」
「なに、」
胸が何だ、どうしたわたしの胸が。
「触らせてよ、」
「ばか、」
ばしいん!
頭を思い切り殴ったけれど、髪の量の多い狩屋には大したダメージじゃないのかもしれない。
「だからさ、オレ、真面目に頑張るって云ってんじゃん、」
「だからって限度があるわ、他、」
全然納得していない声で云う。
「もう一度言う、林檎のDカップを触らsむぐっ…」
「ばか!!なんでしかもサイズ知ってるのよ!!」
気持ち回を増すごとに声のトーンの上がっている狩屋の口を左手のひらで塞ぐ。
「……へえ、何でもって云ったのに、…嘘吐いたの?」
ちょっと吊り眼の軽蔑気味な表情で云う。
「………嘘なんか、」
心の底がずきんとする。
むかしのせつない事件がよみがえる。
「…嘘なんか吐く訳ないでしょう!」
「善いんだ!やった!!明日からオレ、真面目になる!!」
「え、」
光がともったみたいに、風船が膨らむ様に、本当にたのしそうな狩屋を視て尚、一抹どころじゃない不安に襲われた。
「ねえ、ちょっと狩屋、本当にきみ、」
「え?やっぱり嘘なの?」
「嘘じゃないって云ってるでしょう!」
「じゃあ善いじゃん」
「…………あああああ………、」
かれは女の子の恥らいだとかを判っていないのだろうか。
「霧野先ぱーい!!!ホーリーロード優勝したら林檎が!なんと、」
「ばか!!先輩にまで広めないでよ!!」
「……」
一瞬大人しくなって、狩屋はこちらを振り向いた。
そうして無邪気な笑顔でもういちど詰め寄ってきた。
「オレには善いんだよね?」
「……ばか!!!!」
(なんでこんなことに命をかけたがるのか)
(おとこのこって、わからないわ、)
きみの為になるならと、
「……とりあえず明日から、朝練は、準備の最初からくること、約束、」
「えええええ…」
狩屋が、心底面倒くさそうな顔をする。
「それぐらいしなさいよ、きみ、ただ大人しくするだけでわたしの胸を触ろうなんて誠意がないわね、」
かれは、こんないかがわしい約束を取り付けたとは思えないほどせつなくあかるく笑った。
そうして、なんてこともなくそれがマネージャーさんたちに聴こえてしまっていたなんて知るのは、太陽がもう少し墜ちてからのこと。