昨日
□あなたになりたい
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「・・・……と、いうものだが、このフォーメーションは相手を選ぶ。何故だか判る奴は居るか、」
定例の試合前の作戦会議ミーティング。
円堂監督とは真反対に、こういうことをきっちり決めたがる鬼道コーチの講義みたいな時間が終わると、唐突に質問が降ってきた。
みんな、水を打ったようにしんとなって、あの騒々しい浜野先輩でさえ真下を向いて誰とも眼を合わせない。
キャプテンが気持ち控えめにすっと手を上げて前に出る。
「神童、」
コーチがポインターを降ろしてキャプテンを指名する。
「はい、」
すっと立ち上がり、スクリーンに手を伸ばす。
(間違ってない、けれど、)
「(最初はそこじゃなくて…)」
一見画期的な回答にコーチから厳しい声が矢のように飛ぶ。
「…惜しい、そこじゃない」
びくっと肩を震わせて、手を迷わせる。
「(そう…あっ違う、行きすぎ、その、右の、FWの)」
「コーチ、」
わたしのちいさな独り言兼リーチの短い助け舟を余計なことにキャッチしたとなりの狩屋が声を上げる。
「金原さんが判りました」
しれっと動じないで云い切る隣の小悪魔に、一気に殺意が芽生える。
ちろっと、鬼道コーチの視線がわたしに移る。
そうして、眼が合う。
「じゃあ、金原、前に出て答えろ」
鋭く凛っとした、わたしのだいすきな声がする。
身体の全部があつくて、嬉しいんだか何だか善く判らない気分になった。
「は、はい、」
スクリーンに指を付いてスライドしながら、震える声で説明しはじめる。
「敵がいない、この状態で視たら、なんか、えっと、どんな風にも対応できそうに見えて、善いと思うんですけど、その」
すらっと、スクリーンをいじる。
「ここにボールを持って、こっちが攻めて行ったとしたら、敵…えっと相手は当然こっちに来るんですけれど、でも、そうしたら、MFのひとはすくなくとも2人出てこなくちゃいけなくって、そうすると、…………、」
もう1分くらい長々と説明したわたしは、この期に及んで足が震えっぱなしだった。
「………」
「………」
「………」
なに云ってるの、なんて思われているんだろうか、痛い恥ずかしい沈黙がずんっとわたしを刺す。
コーチはずっとわたしを見詰めたままだ。
なんてこと、こんな所でわたしは態々恥をかいたのか、狩屋のば狩屋。
「正解だ」
「え、」
「え、じゃない、正解だ、よくできました」
「あ、ありがとうございます…」
「鬼道があんまり褒めないからだろ」
円堂監督が笑う。
すると今の今までぽかんとしていた選手陣がぱらぱらと声を漏らす。
「すっごーい…」
「ちゅーか、意外過ぎ…」
「めっちゃ頭善いんじゃん…」
「凄いじゃないか!」
ついうっかりプライドを崩して終ったはずのキャプテンがわたしの肩を持ち勢いよく興奮しながら褒める。
ちらっとコーチを視ると微笑んでいた。
「金原、」
練習の合間に、監督たちとなにやら相談事をしていたらしい突然コーチがわたしに声をかけた。
「はい、何でしょうか」
近付くとやっぱりいいにおいがする、なんて云うことは秘密だけれど。
「ゲームメイク、やってみる気はないか」
「え、」
「たぶんおまえは、素質がある、やってみたいなら俺が教えてやるが、どうだ」
コーチが直々に、だなんて。
これはまたとないチャンスだとわたしは引き受けた。
「はい、やらせてください!!」
(みとめてもらえた、)
(これで中身まであなたに近付けるかもしれない、あああ)
あなたになりたい