昨日
□投影
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(へんなの、)
ついさっき、べしん、と頬を叩いたはずの剣城に、おんなじことを手加減してやりかえされて、案外痛かったのと、あの手の感触が硬くて重くって、なんだか泣けてきた。
「おれのことを、勝手に決めるな、」
わたしは剣城がすきだった。
剣城だってわたしを嫌いって云わなかった。
だから、二年たってそれなりに変わった関係だって、おんなじ風に思っているんだと思った。
だけれど、違った。
「誰もがおまえと同じように感じてる訳じゃない、」
頬を一回、すっと確かめるように触ってかれは云った。
「だったらどうして、どうしてほかの子となかよくしたりなんかするの、だれだって、すきになっちゃうよ、わたしはすかれなくったって、剣城以外の男の子とは、待ち合わせや連絡だってしないのに、だって剣城だけがいないといやなの、剣城だってそうでしょ、それとも剣城はわたしを信じてくれてないから、そうやってすきな子を作ろうとするの、そうなんだ、本当にすきだか、信じてないの、そうなんでしょう、」
涙声ですらすらと云うわたしに、右手の短くてちいさなストロークが、スナップを利かせてとんできた。
「それはおまえだろ、」
憐れんだみたいな眼で云うかれを、斜め下からにらみつける。
「………!」
急にかっとなって、逃げ出した。
「金原!」
呼び止めてくれたのが嬉しいのに、止まれなくてそのまま走りだした。
変な息切れがして、白い壁に手を付いて、中途半端なしろい空を視る。
(つめたい、)
窓枠はひんやりしていて埃っぽい。
だあれも手つかずで知らんぷりなものなんだろう。
ほおっておいたって、大分しばらくはごまかしきれるって視向きもされないまんまで、
わたしのすきと、よく似ている。
ああ、あとでちゃんと、謝っておこう、
(どうして剣城は怒ったのかな、)
(わたし、変なこと云ったのかな、)
(わたしはちゃんと信じているのに)
【投影】受け入れがたい感情を抑圧し、他人にうつしかえること。