昨日

□同一化
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かれの、すきなことはおおよそ把握した。
かれの、すきなひとも目星がついた(わたしじゃないことは確かだ)。
本当のところ、かれはわたしをたぶんなんとも思っていない。
思っていないから、ちょっとずつ変わりつつあるわたしを視たって、なんにも気付きはしないのだ。

「おはよう、鬼道くん、」

「ああ、おはよう」


ほら、弱視のわたしが青い眼鏡をかけたってなんとも云ってくれない。



「今日も暑いねえ」

「お前が誰よりも暑そうだな」


ほら、切って赤いゴムでひとつに縛った髪も、気付かない。



「春奈ちゃんは黒髪なのに、鬼道くんは茶色なんだね」

「生まれつきなんだ、不思議だろう、」


ほら、茶色に染めた黒髪だって、どうせ気付いていない。



「鬼道くんの、スパイクは帝国指定?」

「いや、自前だよ」


ほら、わざわざ探した紫色だって、視向きもしない。



鬼道くんの名前の近くに貼ってほしくて、猛勉強して、こないだのテストは3位になった。
鬼道くんが読んでいた雑誌は、バックナンバーまで集めることにした。
試合指揮ができるように、ばかみたいにかれのもとを通い詰めた。
やたら外国の試合も録画して、毎晩視るようにした。
立ってるときは腕組みが癖になった。
赤いジャケットを自前で買った。
赤いカラーコンタクトを付けるようになった。
だいきらいな妹にやさしくなった。
試合のときは青いポンチョをかぶることにした。
緑色のソックスを買ってきた。
背がもう少し伸びるように、毎晩跳んだり牛乳を飲んだり引っ張ったりした。




それでも、鬼道くんには、なれない。



(すきっていってくれないなら、いっそ)
(かれになれたらもう善いと、云ったのは、)
(嘘、)



【同一化】:他人のパーソナリティの特徴や要素を自分のものとして取り入れ、一体化を試みること

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