昨日

□転換
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京葵要素あります注意!!





















剣城くんは、かっこいいと思う。

背が高いのだって、眼の色が燃える様な、オレンジ色だって、色が白くて、声が低いのだって、
どうだっていいけれど、素敵だから、



本当はちゃんとした理由なんてないけれど。




「剣城くん!」

だけれど、元気で笑顔の素敵な金原さんは知っているのだ。


こうして、練習の合間の、わたしがかれに話すチャンスにはことごとく葵が走って行って、そんなときには剣城くんはなんにもいわずにすっと振り返ることを、

「今日、調子いいんじゃない、もうすこしで必殺タクティクスも完成じゃない、」

「ああ、よく見てたな、」

青のフェイスタオルで汗を拭きながらかれは応える。

それはわたしが、おんなじすきなバンドのライブで、買って来たものじゃないか、
おにいさんのだと疑わずふたつも渡したのが、葵の首にかかっている。
今日、わたしの持ってきたのでなくってよかった。


「視てるよ、凄くがんばってるもの、無理しないようにね、」

葵も汗を拭きながら、わらって剣城くんにドリンクを渡す。

(やっぱり、かれは彼女と、)

「ああ、ありがとう」

キャプテンにドリンクを押し付け、悟りながら頷くと、頭の、うしろの方がぎゅううっと痛んだ。
どうしたんだろう、わたし、


じわっとする涙を、汗といっしょくたに拭って後頭部をこんこんと軽く殴った。





直接聞いたことはないんだけれど、かれの好きな人が誰かは、もう、さっぱり判った。

「好きな人とは、どうなったの、」

「別に、今日は何時もよりすこし…話せたんだ」

最後には二人きりになる帰り道に、意を決して切り出した。


「そう、あ、こないだのタオル、喜んでくれた?」

「ああ、かなり、本当に感謝している」

こうやってわらうことは予想済みだったのに、きんっと、するどく頭に刺さる。

「それはよかったよ、で、どうだったの、何を話したの、」

今日も元気な金原さんは無邪気にわらう。
涙なんて暑さのせいだ。
何にも痛くないし、なんとも、思ってなんか、


「何って、話題とかは振れないから、がんばってるね、ありがとう、みたいな、そんな、感じの、」

こうやって、てれたりはにかんだりする剣城くんを視ると、また後頭部がずんっと痛む。


「そっか、もっと話せると善いね、そう云えば、お出かけとかはしないの、」

歪みそうになる表情を押し返してわらう。

「女子を、どう誘うのか、判らなくて、」

ずきん、



元気で笑顔が素敵な金原さんは、突き放したりはしないのだ。


「おにいさんの、お見舞い、とか、」

「兄さん、かなり驚くだろうな」

ずきん、
夕焼けがこんなに短いとは思わなかった。
学校を出た頃はオレンジ色だった空は、もうくすんで褪せた藍色だ。


「お休みの日なら、…近くの遊園地とか、」

「いきなりハードル上げ過ぎだ」
ちょっと強く、真剣に焦って云う。
ああなんか、可愛いなあ。


「お昼ごはんとか、が鉄板かなあ」

「食事か…」


こんな真剣に考えていることが、ほんのすこし馬鹿らしくなってきた。
なんでだろう、友達の相談に乗っているだけなのに、

そうして痛みはうしろから前に伝播していく。

いたくていたくて、これ以上背中を押してあげたくない。



「ああ、着いたぞ、また明日、」
灰色のマンションが眼に入ると、剣城くんが上を視る。
「あ、それじゃあまたね、またメールとかするね、」

わたしが背を向ける前に、普通に笑って、右手をぴらっと振った。
あああ、こんな柔らかい剣城くんもかっこいい。

「じゃあな」



頷いて階段を駆け上がったら、何にも痛くなくなって、こんな自分にうんざりした。



お風呂上がりに剣城くんから電話がかかってきた。
今週の日曜日に、葵と、遊園地に行くことになったらしい。
また頭がひどく痛んだ。
興奮した感じでどうすればいいと訊かれたのが、知るかよなんて云えないで、涙の滲んだまんまで、遊園地の中のお気に入りのカフェを教えてあげた。
剣城くんは、凄く感謝してくれたあと、今度アイスを買ってくれることまで約束してくれた。
もう20分くらいはなしたら、剣城くんがお風呂に入ってしまった。


通話が切れた緑色のアンドロイドを耳にあてがったまま、元気で笑顔の素敵な金原さんは、あんまりにも頭が痛くなって泣いた。






(すきなんて思っているはずがない、)
(そんなばかなこと、わたしはしない、)


【転換】欲求を抑圧することにより生じた葛藤を、身体症状に置き換えること。

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