昨日
□ファースト・キスは藍色
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遠くから視詰めていたんだって、あなたはこっちをみないんだもの。
そう形に整然と、状況を並べると、秋ちゃんだとか夏未ちゃんだとかの気持ちがよく判った。
「鬼道くん、」
「何だ」
いつもこんな風にやり取りは始まって、つまりかれからわたしに用事なんて一個もないのだ。
わたしがかれをすきで、それが強いて云うなら用事だ。
「鬼道くんは、すきなひと、いるの、」
「居ると思うか、」
片づけかけのボールをリフティングしながら手元に持ち出して応える。
雑談みたいにはぐらかす、なんとも思わないこんな会話だっていつもと同じだ。
そう、かれはきっとわたしをなんとも思わない。
「居ると思った」
「そうか、」
今晩のおかずは何だと思った、みたいに鬼道くんが云う。
「誰だと思った」
きっとわたしじゃないと思った、そんなエア会話がこころの奥で影を落とす。
眼を落した先には影はもう二人分しかない午後の6時42分だった。
黙っていると鬼道くんがくるりとあっちを向いてしまった。
変わらず影を見詰めているとぐんぐんと近付いて、
影じゃないものが眼に映って、触れた。
(こたえなくってよかった)
ファーストキッスは藍色