昨日

□合理化
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「わたしは悪くない」


わたしの目の前には剣城くんがいて、あの刺すみたいなするどいつめたい橙の眼でわたしを切りつけている。
向かい合って、間につめたい風が吹いて、周りは遠巻きに凍りついて、そう、敵だらけ。



眼の前にある光景は、俯瞰でよく見る、一枚目の扉絵みたいに生温く衝撃的で、非現実的だ。


だって仕方がないじゃないか、
わたしは剣城くんがすきだったのだから。



蓋の締まり切らないボトルが、中身を出し切らずに砂の上でとぽとぽと横たわる。
わたしのスパイクに向って溢れてくるので、痛い上に水難事故だ。

今日はあいにく炎天下で、きっとすぐに乾いてべたつくんだろう。
水滴に張り付いた荒い砂粒から、わたしは眼が離せないでいる。
剣城くんは一歩も動かない。
わたしを憐れむでもなく怒るでもなくじっと見ている。

わたしに云えることばなんてない。
正しいことをしたとは思えない。
そのつもりでやったことなんだから。



だからって、
誰のスパイクが裂けていようと、
誰のロッカーがへこんでいようと、
誰のユニフォームが破けていようと、
誰のボトルが壊れていようと、
わたしが誰の通学路をつけまわしていようと、




剣城くんには関係ないじゃないか。




「本気で云ってるのか、林檎」




そう軽蔑した目で云ったけれど、もう事態はどうにもならない。
あした、あの子はどうにかなる。
わたしがそう仕向けたんだから、仕方のないことだ。

それも、剣城くんがさせたから仕方のないことだ。




わたしは悪くない。



(と、云うのは)
(嘘なんだけれど)


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