昨日

□眩しくて眩んだ瞼の裏に
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管理人が妄想に任せて走り書いただけの妄想です。
※多義夢とか言いながら多義玲寄りです
※竜→主→多義玲みたいな何かおかしな四角関係です
※唐突で長くて辛気臭いです
※管理人はみんなのことが大好きです

屈しない方のみどうぞ
↓↓
















はじめて緑の上で、ボールと一緒に君をみたときから、わたしは、








梅雨を抜けたばっかりの桃山町の空気は、日本らしく高温多湿で、今日もあつい。
決して汗かきでないわたしでさえ、ユニフォームがべたべたになる。

今日は土曜日で、練習はお昼過ぎといえどちょっとだけ早く終わる。
コーチは杏子さんと何処だったか出かけなきゃいけないのだそうだ。



がしゃっ、ぼん、がらら、どん、たん、たん、

わたしは今日も下手くそなまま、フェンスとペアになってボールを蹴る。
何メートルか先で、玲華ちゃんとエリカちゃんがにこにこきらきらとパスの練習をしているのが視える。
わたしが下手くそなうえに、自分が入ったせいでメンバーが奇数になってしまったのだから仕方がない。
初日のときみたいに練習の邪魔をして、竜持くんに嫌みをぶつぶつ言われるなんてもう勘弁だ。



ぱしゅん、


サッカーボールとネットがひときわ勢いよく短くこすれるみたいな音がして、ふっと我に返る。
背後の遠くで、多義くんと青砥くんたちがシュートの練習をしていたみたいだ。

静かに勢いよくゴールの方を見ると、多義くんが笑いながら両手で虎太くんにボールを渡している所だった。きっと、「すごいなあ」とか「反則みたいだなあ」とか言ってるんだと思う。
へらっとして掴めないくらいやわらかそうな、でも消えそうな感じのしない、あったかくて頼れる感じの笑顔。安くてマイナスで小汚い感情なんて、削り取ったみたいな、きれいな。
シュートを入れられて素直にあんな笑顔ができるなんて、多義くんは、本当の天使か神様なんじゃないかと思う時がある。


「林檎ー、こっちじゃなくて、ちゃんと練習しないといかんぞー」

わたしが釘付けになっているのに気付いた多義くんが顔をこっちに向けて、笑いながらちょっと大きな声で言う。
グラウンド全体に響いてみんながこっちを見る。なんだかわたしが不真面目みたいじゃないか。
竜持くんが物凄く冷ややかな視線でこっちを見る。やっぱり彼はわたしが嫌いなんだろう。
青砥君もこっちを見た。相変わらず何が言いたいかわからない。たぶんなんとも思ってないけれど。

「うわ、ご、ごめん、ちゃんとやります!」

「あーあ、恋の矢は刺さらへんかったか」
エリカちゃんがひどく楽しそうに言うけれど、わたしにとってそれは、腫れものみたいに慎重な感情なのだ。うかつには叫べない、ちょっと怖いもの。
隣でくすくすと笑う玲華ちゃんにちょっと穿った気持ちを抱きながら、「そういうの、ほんとに違うんだからね」と刺々しく言って練習に戻る。




すこし前、こんなことがあった。

たまたま、合宿のときに女の子3人(わたしを女の子に数えるなら、だけど!)で固まる時があった。
話題はもちろん尽きないものだけれど、それもたまたま色恋みたいな話になった。
「ゴン様がいっちゃん素敵なんや!!」とか、玲華ちゃんが虎太くんと仲が良いんじゃないかとか言った後に黙って相槌を打っていただけのわたしにエリカちゃんが切り返した。

「林檎ちゃん、さっきからなんも喋らんけど恋とかせえへんの?興味ないん?」
「あ、あたしもそれ、気になるなあ」

玲華ちゃんが穏やかに続くと、わたしもなんて言えばいいのか分からなくなる。

「えええー?、わたし、わたしは、そういうの、ちょっと、わかんないし、そんな、」
「あー、照れとる、照れとる、あとひと押しやで、玲華ちゃん」
「あたし聴きたいなー、聴―きーたーいーなー、えへへ」
玲華ちゃんが小悪魔みたいに綺麗に笑う。

「あー、うち分かったで、竜持くんやろ!」
「えええっ?」
一瞬どきっとしたのもつかの間、シンカーで答えが返ってきてホッとする。
「残念、ちがうかなあ」
「あー、おるんや、玲華ちゃん、誰なんやろね、当てたろ!」
「うーん、」
彼女の瞳がちょっとするどく光ったのをわたしは見ていた。
「いくで、虎太くん、竜持くん、凰壮くん、あっ、翔くん」
「エリカちゃん、あてずっぽうはやめてってば、あと竜持くんだけは絶対にない」
「ええー、よく二人で話しとるやん、何で?」
「あれはただ、いびられてるだけなんだよ、本当に」

こんなやりとりをしていると、ちょっと間をおいて、玲華ちゃんが口を開いた。
「多義、くん」







今の、玲華ちゃんはどう思っているんだろう。

あんまり深く本人には聞けないけれど、玲華ちゃんと多義くんの間に、わたしと翔くんや凰壮くん以上の気持ちがあることは、いくら馬鹿だって分かる。
実際に、彼女と一緒にボールを蹴って、一緒に出かけて、色んな一面を見てきた。
ずっと近くにいる癖に、本当の本当に役立たずなわたしだって、玲華ちゃんは素敵で、多義くん
と一緒にいてくれたら彼はもっと笑うんだろうなって、願うこともある。

溜息をついて、もう一度多義くんをちらりと見た。
所謂昔馴染のわたしは、桃山プレデタ―に入るよりずっと前、何年も前から彼のあの笑顔を知っている。そしてサッカーをしていないときの彼だってたぶん、チームメイトよりも近い所から見てきた。

ボールに合わせて横跳びする度に、くるくるの髪の毛に、汗がきらきらと飛ぶ。ああやって、濡れた髪が、情熱や興奮じゃなくて、薄暗い冬の雨だったときも、戸惑いや絶望だったときも、知っている。
そうしてここに来るずっと前から、それをただの景色とは違う気持ちで見てきた。
彼はそれをきっと知っている。


があん、

ちょっと強めに蹴ったボールは、フェンスに書いた丸いしるしの外側の縁に掠った。
もうほんと、わたしの人生、だいたいこんな感じ。

「林檎ちゃん惜しい!なかなかいけそうでいけないね!」
たまたま見ていた翔くんが叫ぶ。
「あんまり褒められた感じがしないけど、ありがとう」



ホイッスルが鳴り、今日の練習は終わりを告げた。
首をちょっと伸ばして、多義くんを探す。
こっちをちらっと見て、小姑さんに捕まったわたしに気の毒そうな顔をした。眉が下がると、あの幼いきれいな顔立ちが一層際立ってまだきれいだ。
「待ってた方がいいか」
「ううん、先に帰ってて」
「わかった、またな、その、がんばれよ」
青砥くんは一緒に帰らないみたいで、グラウンドの真ん中に向いて、ひとりでリフティングをしている。

竜持くんにまた小言を散々言われたために時間が潰れてしまった。
自分がお荷物だって自覚があるんですかとか、全然進歩しないですねとか、練習中に人のことばかり視るなんて無駄なことばっかりしてとか、本当に運動神経あるんですかとか、もうどれだけわたしのことが彼は嫌いなんだと思う位の罵詈雑言を浴びたのち、彼を(もう他の二人は先に帰ったらしかった)見送った。
「今日はこのくらいで、ではまた」
「はい、またね、気をつけて」

いつも思うことだけれど、彼はわたしが気をつけてといった後にいつも一度振り返って手を振ってくる。そのときだけは、常々の厭味ったらしい笑みが消えるのだ。あの端正な顔立ちにだったら、普段の子供らしくないあの感じの方がちょうどいいと思うのに、あんな風にされると、ちょっと憎めなくって参ってしまう。変な感じだ。



「林檎」

うしろから、低めのソプラノが鳴った。
振り返ると、青砥くんが荷物すら放ったままでボールを抱えてわたしを見ている。

「青砥くん、なに、どうしたの、帰らないの」
「まだ、今日は帰らない」

青砥くんが淡々と返す。
「何かあったの、」
すこし心配になって尋ねても、唇どころか眉ひとつ動かない。

「林檎に、言った方がいいと思ったから」
「何を?」
「タギ―のこと」

彼の名を聴くだけで、嬉しさとも期待とも虚しさとも淋しさともつかない感じが胸を占める。
途端に自分のことが嫌いになる。

「多義くんのこと?」
「うん、タギ―のこと」

ほんのすこし笑ってわたしの腕をつかんだ。
あんまり背の高くないわたしは、彼と並んでもかがむことはない。
「疲れた。こっち」
言葉が不自由な訳でもないのに、最低限のことしか云わない。そしてそのまま河川敷のへりにわたしを引っ張っていく。

「多義くんがどうかしたの?」
「どうもしない、でも」
言い澱むなんて何でも簡潔にはっきりと言い切る彼らしくない。

「でも?」
「林檎はタギ―のこと、好き?」
彼に聴かれると、どちらの意味か測りかねるけれど素直に答えられる。
「うん」
「タギ―も、林檎のこと、好きだと思う」
針みたいに鋭い痛みが期待として胸で焦げる。
「けどたぶん」
青砥くんがそっぽを向く。
「俺が林檎を好きと同じ好きだと思う」
どのことを言いたいのかすぐに分かった。
胸が詰まって声にならない。ただわたしの恋があんまりにも不毛だと突きつけられたみたいで苦しい。
「林檎がタギ―を好きの好きは」

もう一度青砥くんがわたしを見る。
タギ―が、と言いかけた彼をやんわり遮って鞄を肩にかける。
「もう分かった、ありがとう」

一瞬だけ、口を開きかけて優しい顔になった。色の薄い金髪がふわあっと靡く。
「うん」
彼は、表立って見えないだけで、本当に優しい人なんだと思う。
多義くんと3人一緒に過ごしてきた時間の中で、彼にも何度も助けられてきた。
青砥くんはまだ帰る準備をする気配はない。

「まだ帰らない?」
「あと少しだけいる」
「そっか、わかった、じゃあね」

青砥くんは声を出さずに頷いて、またボールを蹴り始めた。





「あ、多義くん」

帰り道は、まだ日が傾くほど暮れていなかったおかげで、どこも昼間の活気に溢れていた。
公園の中道を通ると、そんな狭い通路でさえ挟んで声や人やボールが飛び交っている。自分ももう少しここで練習をしていこうかなと思った矢先、多義くんが自転車を引いているのが視えた。

「ああ、林檎か、どうした、もうすぐ夕方だぞ」
ぱっと、すこし眼を見開いて多義くんがわたしに駆け寄る。

「わたしは小姑さんに絞られてきたところ。多義くんこそ、どうしたの」
「はは、林檎も、厄介なのに気に入られて大変だなあ」
わざとらしくため息をつくと、多義くんは他人事らしく笑う。
「気に入られてなんかないよ、むしろその逆なんじゃない」
「いや、嫌いなやつをあんなに構ったりはしないと思うぞ、竜持は」
「そうかなあ」
なんとなく彼の行動から導き出されそうな答えに少しだけいらっとする。多義くんが何を言おうとしているかもわかる。でもわたしにとっては竜持くんの事情なんてさして重要じゃないことだ。

こんな会話をしている間も、多義くんは足を進めていく。向かっている所があるのだろう。
「今日は、何かの用事?」
そう聞くと、少しだけ間をおいて「うん」と答える。
「なになに、デート?」
止せばいいのに、そういういらない詮索をしてしまう。ばかみたいな後悔が胸に積もる。
「うーん、そういう感じじゃないな」
「え、誰と誰と?」
前を向いて何でもないことの様に応える多義くんに、惰性みたいな好奇心が続いていく。

「…それは言えん」


「」
一瞬の半分くらい、わたしの中で時間が停まる。

「え、そう、なんだ」

いっぱいいっぱいで絞り出したわたしの声に、多義くんは尚も前に向かって歩いて行く。
その横顔は、何千回と見てきたものなのに、今日初めて見たみたいな気分だ。
誰かに会うんだとか、誰に会うんだなんてことは、もう聴かなくたって分かる。


からから、と自転車の車輪の音が止む。多義くんは広い公園の入り口で足を止めた。
なんだか、横顔どころか全部が別人みたいに見える。わたしのすぐ上に多義くんの目があったときとは大違いだ。相も変わらず、わたしだけが追い越されていく。

「林檎は今、好きな奴とかいるか?」
唐突にごめんな、と笑って言う。
「いる」
弾けそうなくらいに締め付けられる心臓を抱えて、努めて冷静に言う。ある筈のない期待が頭で回る。
「そっか」
多義くんは?と聴きたいのに聴くことはできない。聴くこともない。
きっとここが待ち合わせ場所なんだろう。でも、まだ誰も来ていないみたいで、辺りにはちょうど誰もいない。
途端に、多義くんの顔がこっちを向いて、わたしへ下りてくる。
頬に、多義くんの唇が重なるのに音はなかった。
「さよなら、」
小声なのか呼吸なのか分からないくらい小さく聴こえると、わたしの身体を後ろに向けて背を軽く押した。

「またな、気をつけて帰るんだぞ」

何にも言いかえせないまま、本能に従って歩いて帰るわたしには、涙すらなかった。



(背中に残るその力強い感触はあんまり不確かで)
(残酷にくどいくらいわたしに敗北と終止符を告げた)

眩しくて眩んだ瞼の裏に

(あなただけが消えない)


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