昨日

□その恋を叶えないことが罰
1ページ/1ページ

今日も風の国は猛暑で、乾いていて、見た目には穏やかな空が光る。
「我愛羅さま」

分厚い漆喰の壁を隔てた室内は空調の無機質な音がちいさな耳鳴りの様に微かに響いていて、多少動きまわるくらいなら汗ひとつかかないくらい涼しくって快適だ。

「林檎か、どうした」

穏やかなその瞳はとっても綺麗。そして本当は凄く憎い。
白くて物々しい羽織を着て、凛々しく、そして少し幼く、執務している姿は頼もしくて素敵。
こんなに強い陽射しの中にいて、陽射しに染まることのない真っ白で細い、力強いその指が空気を破る様にすらすらと動いて行くのも泣きたくなるくらい綺麗だ。要するに彼が好きなのだ。

「現在、お時間は宜しいでしょうか」
もう何百回目かのやり取りは、上層部の会議用の書類の話だったり、未提出の任務報告書だったり、他里の近況だったり、定時の時報だったりで終わってしまう。とっても味気ない。

手をとめた彼が顔を上げ、さっと片していた書類を避ける。
「ああ」



こうしてどうでもいいやりとりを消化して、わたしは立ち去らないで彼をじっと見る。

結局、わたしの過去も彼の過去も、本当の所は語られぬまま終わっていくのだろう。
彼も、わたしとの思わぬ接点に、自分がもがいた分の過去の爪痕になんて、知ることもないまま、過去を乗り越え精一杯走った先に知ることのできた幸福を胸に、ちいさな不幸など忘れてしまった人々と共に生きて行くのだろう。

また書類の整理に戻った彼の白く細い首筋をじっと見て、両手で輪を作る。
このまま縊ってしまえたら、わたしの痛みを、彼は思い出すのだろうか、ちゃんと後悔するのだろうか。


そんな風に思いながらちいさく睨みつけると、彼は顔を上げることなく諭す様に言った。
「…俺の首でも締めるつもりか」

初めてこんな方向に転がったやり取りに絶句して、「そうよ!」と叫び出すのを堪える。
違うのだ。わたしだってこの世界を愛しているのだ。
彼が今、なんにも忘れてなどいなかったように。


「いいえ、滅相もございません」



時々胸の奥の蓋をぱちん、と開けて浸み出して来る絶望的な思い出にちいさく謝罪して、わたしは彼に見ていた罪を、恋などという幼い気持ちで許したことにした。





(好きなのだ、美しく気高くて)
(紛れもなくわたしの多くを占めるかれを)


その恋を叶えないことが罰

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ