昨日

□とりかえしのつかない期待
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色のない、真夏のとがったあつさの隙間から吹く、つめたい風がわたしを刺す。




もう、グラウンドには影がひとつしかない。





何度眼を開けたってわたしは独りぼっちなのだ。





天井を見詰めると、とげとげしい、格調高い装飾が眼にとびこむ。







鬼道くんはもういない。


もういないし、戻ってこない。



あんなに楽しそうだなんて、わたしたちは何だったんだ。



とてん、


きれいに整備された天然芝に座り込んでボールを抱きしめる。



「鬼道くん…」





「何してんだ、おまえ」





ふっとした気配は、云ってしまっては悪いけれど、期待した鬼道くんではなかった。





灰色みたいな水色みたいな髪の、女の子みたいな顔をした佐久間くんが後ろにいた。

彼はもう制服に着替えてしまっていて、部屋に帰る所だったのだろう。





「練習してたの、鬼道くんに云われたことを、思い出しながら、」



どうしてもちょっとずつ下を向いてしまう。




「鬼道、?」


急に眼をきっ、とさせて佐久間くんが云う。



「鬼道はもう、」

帝国のひとじゃないんだぞ、

戻ってこないんだ、




「判ってるよ、でも鬼道くんがわたしを褒めてくれたから、」










まだ1年生の頃のこと、




わたしは唯一のサッカー部員女子で、男の子だらけの中での練習がとってもつらかったので秋には音を上げ始めたけれど、辞めるに辞められずに、悶々と毎日をはしっていた。



どんな顛末だったかは忘れたけれど、鬼道くんはわたしに云ったのだ。




『金原、お前、FWに向いてるんじゃないか、そのボレーなら公式試合でも通用するよ、』


「そうかな、わたし女の子だから、力じゃ敵わないでしょ」


『そんなことはない、お前ほどの努力家なら、実を結ばない筈がない』


「そう見える、」


『ああ、俺はこれから3年間、最後までお前のプレーが視てみたい』


鬼道くんはゴーグル越しのかがやいた眼をして云った。




「3年間、続くかしら、」




『大丈夫だ、おまえはサッカーが好きだし何より俺は、』




鬼道くんがすっと立ち上がってわたしに被さった。



少し重くて、きゅっと締められた。



『お前をいつもちゃんと視ている』











「そういったのに、もう視てくれないのね」


佐久間くんが顔を伏せて背を向けて、猫背がちになって乱暴に呟く。



「仕方ないだろ、鬼道は鬼道の道があるんだから」




「そうだね、」





ほっぺのくすぐったさで、自分が泣いていると気付いたのはそれから3分くらい経ってからで、


佐久間くんがばっと振り向いてずんずんと寄ってきて、わたしを強く締めたのはその更に4秒後だった。





頬が赤かったからきっと佐久間くんも泣いているんだと判った。






(鬼道くんはこんなところを視ていない)
(わたしも鬼道くんが視えない、)

とりかえしのつかない期待


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