昨日

□眼を視て云って
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鬼道くんは何時だって完璧だ。
頭のてっぺんから爪先の先まで、ぜんぶが万事徹底していて完璧に素敵なのだ。
そのうえ中身だって伴っているときたら、わたしはもう好き以上の崇拝を抱かざるを得ないのだ。






白い昼間の空が今日も光る。





「鬼道くん、」



「?、誰だ」





彼のレンズに後ろから手をかけてホールドする。


「だあれだ、」




「…前が視えない、金原、手を退かせ、指紋が付く」







冷静なのかそうじゃないのか、要点をかいつまんで云い放った彼はとても落ち着いていて、わたしのほしかったドタバタは無かった。




「あら、ばれちゃったの」




「当然だ、おまえの声くらい視なくても判別できる」



「え、」



「これだけ毎日聞いていて覚えない訳ないだろう」




「すごい、わたしの声、特徴ないのに」



「それより早く手を退かせ、何もできないだろう」


少し迷惑そうにためいきを吐く。



プラスチックに密着していた手を、ばっと退けると彼は振り向いて困った顔をした。



後頭部のゴムに手をかけ、無造作にゴーグルが外されて、ポケットから出てきた眼鏡拭きに整備される。




ちょっと眉をひそめてゴーグルを拭く彼は、やはりすばらしくかっこよかった。


真っ赤な吊り眼がぎらっと光っていて、とても知性的だ。




「鬼道くんって、いけめんだよね なんで試合以外でも取らないの」



「これは話すと長くなる大事な訳があるんだ」



手を止めないでちょっと顔を上げて笑う。

これには殺傷能力があるんじゃなかろうか。



凛々しい眉がちょっと下がってそれでもきりっとした顔立ちは、昔を掘り返すつもりじゃないけれど、王様って感じがする。

気品があるって云えば善いのだろうか、大人っぽくて、




「そうなの、長くなるの、」


実は佐久間くんが教えてくれたんだけど。





「ああ、要するに視界が狭い分物事を深く視るってことだよ」



「へえ、かっこいいね、やっぱりなれるために普段も、」




「まあ、外す理由も無いしな。ちょっとしたトレードマークのつもりでもあるが」


眼をつむって得意げに云い放つ。


「やっぱ外しなよ、ちびっこが視たら怖がるよ、わたしは凄く好きだけど」



「だったら別に善いさ、お前も変じゃないと思うだろう?」



「うん、鬼道くんなら全部変じゃない」



真顔で云ってしまうと、鬼道くんはまたか、みたいに苦笑いをする。




「なあ金原、」

「なに、」




「俺を悪く云わないのは嬉しいが、気を遣う必要はないんだぞ、俺だってそこまで分からず屋じゃない」


「だって本当だもの」





「まあ悪い気はしないが、」




一息を吐く。


ゴーグルをきれいに完璧に装備し直した鬼道くんのレンズをぐいっと見て、わたしは訊いた。






「ねえ鬼道くん、」




次の瞬間、鬼道くんは止まってさっきと違う笑顔をした。




(そのレンズで、わたしを深く視る事ってできるの)
(わたしの、鬼道くんのすき具合は、読み取れるの、)

眼を視て云って

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