昨日

□生まれてくれてありがとう記念日
1ページ/1ページ

ハッピーバースデイ、というのは、365夜に一度だけ訪れる記念日。

俗に云う、生まれてくれてありがとう記念日のこと。


わたしは記憶にあるだけで6回か7回くらいはこの日を経験した気がする。






「あ、おはよう、あとおめでとう!」

「おめでとうございます、林檎さん、」

「ハッピーバースデイだね!」



朝、食堂に向かうと秋ちゃんや冬ちゃんや吹雪くんが口々に祝ってくれた。





「ありがとう、」




正直なところ、人の誕生日を祝ってばかりいると、自分の誕生日には大した感慨は沸かないのだけれど、だれかに声をかけてもらうというのは、嬉しくない筈もない。





(ただ、)




ただ、日頃からの本音を云ってしまうなら、これは本当におめでたい日なのかって云うこと。


わたし自身は、なんともないただの女の子だし、全然凄い所がない。
もう少し掘り下げてしまうと、わたしのせいで家族やら周りのみんなを困らせたり今までを縛ってしまったりしてきてしまったということ。




(むしろ今日は生まれてきてごめんなさいの日ではないのかしら、)




「金原、」


食堂で、各々定位置(辺り)に就いた所で、右隣から声がした(わたしは左利きだから、左端に座っているのだ)。





「あ、おはよう鬼道くん、」




「ああ、おはよう」






別段何も楽しい話はないまま、時間はちらちらと過ぎていく。




斜め前の春奈ちゃんを視る。


「なんですか、」



にまっと笑って春奈ちゃんが返す。






「春奈、もう少し抑えろ」



鬼道くんがけん制する。





「なあに、何かいいことでもあるの、」




「いいえ、べ、別に」




春奈ちゃんは何かしら善いことを考えているらしかった。












「…じゃあ、私たちが先に戻って準備しておくから、皆は後からさりげなく…」

「でも、道具、重いだろ、何かにまぎれて…」



秋ちゃんと風丸くんたちが、練習の終りがけに、何やらベンチに集まって話し込んでいた。





「林檎、ちょっと善いか」



後ろから佐久間くんが駆け寄ってくる。



「コンビニでも、行かないか、」


「善いけどわたし、お財布とか宿舎だよ」


「別に善いよ、大した用じゃないし、アイスくらいは、」

「えっ、ほんと、おごってくれるの、」


夕焼けの影で佐久間くんは一層女の子みたいに見えた。






更にその背後で、綱海くんや木暮くんたちがはしゃぎながら宿舎に走って行った。



そうして、グラウンド際の春奈ちゃんに何故だか静かに手を振って、佐久間くんとわたしはジャパンエリアのコンビニエンスストアに向かった。







佐久間くんが買ってくれたボトル型のコーヒークリーム味の割って食べるアイスを千切りながら、二人で帰ったけれど、いつもと同じ様に大していっぱい会話はしなかった。






「林檎、」


携帯電話をパチッと開いて確認すると、佐久間くんは何時もと違う道へ曲がった。




何かあるのだろうか、でもわたしは方向音痴だし、下手に口出しなんてできない。


何にも云わないで、一緒に着いて行った。




「だいぶ、遅くなっちゃったね、」






見覚えのある電柱が視えて、多分ここからなら6分くらいあれば宿舎なんじゃないかと云う所まで来た。



佐久間くんが、また携帯をひらきながら云った。




「たまにはいいだろ、」




とっても重くなったレジ袋は佐久間くんの左手で、音も立てずに重く揺れていた。








「ただいま、遅くなってごめんなさい」




たたたた、と音がして、鬼道くんと春奈ちゃんが玄関に迎えてくれる。




「待っていたぞ、主賓、」

「おかえりなさいです!御飯の準備はできていますよ、さあ、さあ、」





春奈ちゃんに背中を押されて食堂へ進むと、わたしの定位置には可愛いブランケットが敷かれていて、テーブルの上を視ると、おおきなお皿にクッキーやマフィンや、軽食みたいなものが並んでいた。



「うわああ、これはなに、」


わたしが嬉しいを抑えきれないで尋ねると、秋ちゃんが笑顔で応えた。







「林檎さんの、ハッピーバースデイだよ!」

みんなで色々、持ち寄ってみたの、大したものはないけど、


はにかんで云うそのことばに、眼の前がぎゅうっと音を立てて滲んだ。



「ええっ、あ、ちょっと、」

うしろでわたしの背中を支えて春奈ちゃんがのぞきこんでくる。





わたしは顔を上げて、皆の顔がちゃんとみえないまま云った。






「ありがとう………」





くすくすと、楽しそうな声が響いて、




「じゃあ、いただきますにしましょうか!」




わたしはかくして皆のデレの嵐に遭ったのだった。






マネージャーの皆からは個人的に、ハンカチとかシュシュとか、可愛い贈り物だった。

選手組からは、寄せ書きとお菓子の詰め合わせみたいなものだった。




(おおお、しあわせ)





ちょうど20分位した所で、春奈ちゃんがわたしに耳打ちをした。




「今日のパーティ、言いだしっぺは誰だか知ってます?」

「ううん、知らない、春奈ちゃん?秋ちゃん?」


「違いますよ、ふふふ、       」









鬼道くんに駆け寄って、わたしは腕を引いて外に出た。






「ありがとう、鬼道くん、今日、死ぬほどうれしい、」



「喜んでもらえたなら善かった、」



真っ黒な空に顔を向けて話す。



「本当のことを云っちゃうとわたし、その、云っちゃいけないかもしれないけど、」


「生まれてこない方が善かったかもしれないって、ずっと思ってた、から、」



「だからこんな風に、祝ってもらえるとか、考えても、いなかったから、」


「金原、」


鬼道くんが、揺れない声で話しだす。




「俺は、お前がいない方が善かったなんて考えたことはない、」


「ありがとう、」



「お前は、どんな時も、俺を見失わないで居てくれるから、ずっと、救われてきていたんだ、」



視界があつくなる。





「だから俺は、俺自身を見失っても、お前を見失うことはなかった、」



「お前がいてくれたからだよ」



「鬼道くん、」






おもむろにゴーグルを外して鬼道くんが微笑む。









「生まれてきてくれて、ありがとう」



(この一言だけで、この先何に裏切られたってわたし、)
(あなたに嫌われたって、)
(生きていけるわ!)

生まれてくれてありがとう記念日

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ