昨日

□あなたにつなぐために折れない
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わたしの右腕には常時、腕時計がはまっている。

これは、中学に入る時に親に買ってもらったもので、云うほど安くはないけれど、全然高価なものでもないただの腕時計。

わたしに似合うようにと、細い鎖をした、小さめの、文字盤が薄いピンクの色をした時計。








「…もう8時15分だよ、朝練おしまいだよ、みんな、」


白い朝の空の中で、わたしの右腕は意味を発揮する。

中学生で腕時計なんて、ましてや男の子だらけだし、全然持っていない。

それに、グラウンドからすぐに視える所に時計がないので、わたしはこまめに時間をチェックする。






「おー、もうそんな時間か、じゃあみんな、片付けに入るぞー!」


キャプテンが声を張り上げると、わたしも倣ってボールを拾いに行く。






「林檎さん、ごめん、今、何分?」


「…8時28分くらいかな、」


「大変!私、今日は先生に呼ばれてるの!先に行って善いかな?」


「うん、気をつけてね、」



秋ちゃんの後ろ姿を見送ると、自分も急いだ。








今日は、体育もない淡々とした授業が続いていた。





「金原、時間はあるか、」



お昼休みになると、席を立った鬼道くんがわたしの元へ来た。


「うん、何かお話でもあるの、」



「部活のことで、少し話がある」





わたしは腕時計に眼を配せてから鬼道くんの背中を追いかけた。








「、ここで、松野と半田を上げて、」

「鬼道くん、だけどそこは、どっちかっていうと防御かためる方が確実じゃない、」

「甘いな、結局はマークが外れてフリーになる選手が、こことこことここに出てくる、だから」


手元のボードのマグネットをちょこちょこと動かしながら鬼道くんはわたしに陣形の話をしてくれている。



「えええ、でもここを見つけられたら駄目でしょう、」

わたしは、塊の間に空いた隙間を指して云う。


「ここに、風丸がいるだろ、だからこっちに切り返されても対応できる」

「おおお、なるほどね、それで中盤につなげると、」


「そういうことだ、」


お昼を早々に平らげてわたしたちは校庭の隅に行き、戦略会議をしていた。





「あ、」


手を止めて鬼道くんが思いついたように云う。



「今、何分だ」


わたしの手首をつかんで腕時計をのぞきこむ。





わたしの体は固まってしまった。





「、き、どうくん、」





どきどきしながらようやく口に出すと、かれは手をばっ、と放してたどたどしく謝った。


「す、すまない、無意識に…」

ちょっと赤くなって云う。


「善いよ」





ふと見ると、鬼道くんは、手でわっかの形を作ってしげしげと眺めたり、自分の手首にはめたりしている。



「どうしたの、」





「いや、」




鬼道くんは、その手のわっかをわたしの目の前にかざした。




「やはり男と女では、手首の細さも違うんだな」


「?違うの、」




「ああ、お前の手首は、これ位だった、こう、親指と人差し指で届いた」




手を少し上げて見せる。


「思っていたよりも細いんだな」



袖をまくると自分の手首を辿って、私に見せた。



「そして、俺だとこれ位だった」


中指と親指で輪をつくって、つなぎ目をちょっと外した。



右手で自分を、左手でわたしのを作って、並べて見せた。



「そんなに違うかなあ、」



「大分違うと思ったが」



「わたし、そんなに細いかなあ、」



鬼道くんが再びわたしの手首をつかむ。


「ほら、」


「わあ、びっくりした」



鬼道くんはもう一回わたしの手首をまじまじと眺めて云う。




「これからは、力仕事はなるべくさせないようにしよう、これを視たら心配になってきた」


「ええ、わたし、力持ちよ!」



「折れたら危ないからな」






今度はわたしの手を下からそっと取り上げて鬼道くんは云った。







「さあ、帰ろうか、時間だ、」




(この手首はあなたに見つめられるつもりではなかったけど、)
(あなたが褒めてくれたからちょっとだけ悦んでいるわ)


    あなたにつなぐために折れない

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