昨日
□ガールズトークの代償
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「林檎ってさあ、本当にコーチのこと好きだよねえ」
葵に訳知り顔満開の笑顔で云われて、わたしは真っ赤に燃える。
「そそそそそ、そんなことはあるけど!!!!!!どうして今、どうし、え、なんで??」
「ほら、今も私と話しながらコーチ視てるし」
「えっ?ええ、ああ、そうかな、ごめん自然に…」
「だからあ、さっきから云ってるでしょ、もう、林檎は全然聴いてないんだから!」
葵が頬をちょっと膨らませて云う。
「ごめん、でもどうしよう、わたしコーチが視界にいないと息ができないみたいで」
「ほらほら、だからさ、しちゃいなよ、」
「なに、なにをしちゃうの、」
だんだんと勢いを増していく葵に一歩ずつ後ずさる。
「なにってお前、することなんてひとつだろ、告…」
「やだやだやだ!まってよ水鳥さんまで!」
いつのまにかずいっ、とベンチの裏から乗り出してきた水鳥さんに口を出される。
今日も今日とて綺麗な睫毛だなあ。
「なんだ、また例のコーチの話かよ、お前ってほんっとに変わってるよなー」
「変わってるかなあ…かっこいいと思うんだけどなあ」
グラウンドの、白線ふたつを隔てた向うの赤ネクタイの王子様(わたし的な)を視詰める。
たしかに髪型だとか雰囲気だとか、ちょっとインパクトはあるかもしれないけれど、すごくすごく知的だし、妹想いの(きっと)やさしい人だし、いつだって深い所を見据えていて、冷静で、ほんとうに素敵な人なんだと思う。
「うん、確かに。あのファッションセンスで、初対面からかっこいい!なんて叫んだのなんて、世界でも林檎くらいだよ」
腕を組んで、頷きながら葵が云う。
「それは云い過ぎでしょ、葵、」
「いやあ、でもあたしだったらどっちかって云うともっと判りやすくて、アツい男が好みなんだけどなー、ああいう、理屈っぽそうなのはちょっと、」
「うーん、…ひとそれぞれなのかなあ」
「それでも、林檎は絶対に変わってると思う、絶対、ライバル居ないでしょ」
葵が譲らないで云う。
でも、よく考えたら、あのひとは嘘みたいなお金持ちの家の人で、イタリアにだって行っていたひとなのだ。
「うーん、でも、大人だしイタリアだって行ってたし、(お洒落だしセクシーだし)色々、その、恋人くらいは…」
「ええー!?ないって、林檎、アタックしちゃいなよ!応援するから!」
「無理無理!わたしコーチに嫌われてるから無理だってば!!」
「そんなことねえって、あれだ、愛のムチ、みたいな」
ベンチに寄りかかったまま、指を立てて水鳥さんが云う。
「えええ…、愛っていうか、単に眼をつけられているだけのような…」
こんなやり取りに夢中で、わたしは気付かなかったのだ。
緑色の双眸がきらりと光る。
「金原、休憩はとっくに終わっているが」
コーチが背後にいたことに。
外周は20周追加だ、早く行け、
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!)
(怒ってる!顔とか全く見えないけど怒ってる!!)
(けどかっこいい!!!!!)
ガールズトークの代償