昨日
□朝の空
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「おっはよう、鬼道くん!」
見慣れて視飽きない、自分よりちいさな身体が跳ねて滑ると、眼の前で満面に咲く。
目覚めたてのおれは、その声ですこしずつ生気を取り戻す。
「今日の1鬼道くん目げっとー!」
うえへへ、という笑い声とともに迷惑で、柔らかく心地好い重圧が音もなく乗る。
「おはよう、もう判ったから降りろ、」
「やだー、まだ鬼道くん足りない!」
背中に手を伸ばし軽くはたいても退く気配がない。
かと思うと数秒で、首を長くして見つけ出した風丸へ向かった。
おれは何も云わずに首から上で林檎を追いかける。
「風丸くんおはよう!今日はヘアゴム、オレンジじゃないね?」
「おはよう林檎、ああこれは別に、朝、急いでて、適当に取ってきただけだよ」
変じゃないか、とはにかんで風丸が応える。
あいつの容姿の善さならおれだって認めるし、どこを取ったって否定する所なんかないとも思う。
「ううん、かっこいいよ、やっぱりブルーも馴染むねえ、」
「お!早いなみんな、おはよう!」
そこに、更衣室から駈け出してきた円堂が合流すると、二人とも途端に大人びた笑顔に変わる。
「ねえキャプテン、風丸くんは今日のゴムはブルーだよ、かっこよくない、」
「いや別に、かっこいいとかないし、」
あんまりにもかっこいい、かっこいいと林檎が連発するものだから、風丸もたじろいで赤くなりつつある。
それを視ておれはすこしせつなくなる。
「へえ、ほんとだ!似合ってるぜ、風丸!」
お馴染みのあの笑顔で円堂が云う。
「でもやっぱりおれは、いつもの方がすきだなあ、」
「そうか、明日からは戻そうかな、」
「ええー」
林檎が、ポニーテールの頂点の青をいじり始めたので、その主がやんわりと抵抗する。
空の色をした長くて重そうな髪は、精一杯背伸びをして手を伸ばす彼女の手によって頭上で丸く束ねられていく。
いつのまにか豪炎寺も入ってきて林檎に加勢し風丸を抑え込む。
あいつもいつ溶け込んだのか、彼女に対しての態度はひどく砕けたものになっている様な気がした。
しばらくすると、マネージャーやほかの部員も集まり出して騒ぎ始めた。
「ねえねえ、来て、鬼道くん!できたよいけめんのお団子!」
林檎がおれに向いて名前を呼ぶ。
「ねえ、凄いでしょ、かっこいいよね、似合うと思わない、」
手を伸ばして髪をほどこうとする風丸を抑えながら、得意げに、楽しそうに云う。
「ああ、明日からそれで行ったらどうだ、」
冷静を気取って、笑いながら応えた。
「ほらね!」
変わらず青いヘアゴムを指差してかっこいいと譲らない林檎に、おれは密かに胸を痛めた。
時計の針は午前8時47分を指している。
日曜日の朝はひどく澄んでいて明るい。
こんな朝の鮮明すぎる光の中でさえ、ゴーグルを外したってぼやけたまま掴めもしないものがあるんだと気付いたのは、ついさっきのこと。
それでもおれは、林檎をすきだというだけで、幸せなのだった。
(どうか彼女がおれ以外のだれかを好きになっていませんように、)
(と願う今でさえ胸を焦がす)
朝の空