昨日

□プラトニック・モラトリアム
1ページ/1ページ

快晴でも曇天でもない、中途半端で陳腐な晴天を視て、金原林檎は考える。



林檎にはよくわからない、「男の子から、女の子として愛される」ということ。

つまりそれはさっき、自分を振って行った同級生のテニス部の男の子のこと。







2週間くらい前に、云うほど親しくもない彼に、唐突にメールアドレスを訊かれた。
どう見たって軽薄そうなその誘いに林檎は、適当にあしらってわらってかわした。



だけれど、学校で会うたびに、部室への道程に、職員室に、帰り道の河川敷に、所構わず現れる彼に、とうとう面倒くささが勝って赤外線を作動したのだった。


別に、好きだとかそういう訳じゃないけれど、自分に悪意を持っているのではないのだろうと、油断した。
起床から就寝まで何十通もの文字電波を指で送ってよこす彼は、自分に好意を、純粋に投げているのだと確信してしまった。




林檎は、男の子から、女の子として愛されることが善く判らない。


そもそも林檎には、恋のような片思いのようなやたら綺麗な気持ちを寄せるだけの、例の青いゴーグルのかれがいた。




太陽も8割方沈んだ駅前の改札の陰に、隣の隣のクラスの長いカップルが、堂々とキスをしていた。

どうでもいいのに気恥ずかしくて券売機に眼をそらした。



ああいうことがしたいんじゃない。


だけれどうらやましいと思ったことがいちどだってなかった訳じゃない。


だけれど違う、そう結論を投げ出して林檎は自動改札に定期券をおいて、電光掲示板の奥へ入りこんだ。





そうこうしている間に、彼の中では話が飛躍しつつあったらしく、それからは学校で会うたびになにかしらちょっかいをかけてきたりお菓子を貢ぎにきたりと、よくわからない急展開だった。


そんなときでも変わらず、林檎は斜め後ろの青いゴーグルがだいすきだったし、どうでもいい相手に何かをもらうことに全然悪い気はしなかった。


棒付きの飴をくわえて、後ろのドレッドヘアを向くと、ぱちんと眼が合って、首を逸らしたかれのドレッドの先が揺れた。


いつだってあまいことばをひとつもくれない、知的で凛とした等身大の、背伸びするかれが、ただ林檎はすきだった。

まいにちの放課後に、嫌でも(嫌なはずがないけれど)会えるかれは間違いなく素敵で、本命でもきっと振り向かせるのは骨が折れる。

だったら手を伸ばさなくっても勝手に気持ちをもらう方が楽で、愛されるだとか、はやりの、恋愛の意味を知れるかもしれない。



軽い気持ちで、綺麗な初恋を踏みにじろうとしていた。





ちょうど試合前のその日、放課後に体育館裏に自分を呼ぶ、彼からのメールを受信した。


どうでもいい相手にどうでもいい期待を膨らませながら向うと、そういうことになった。




―そういうの、今することじゃないでしょう、そもそも恋人同士でもないのに、


―別に、善いじゃないか、俺のこと、好きなんだろう、


―わたしは、そんな気持ちなんてない、こんなことするひとをすきにはなれない、


―今更、なにを云っているんだよ、善いじゃないか、勢いで、こういうこともあるだろう、


―そっちこそなにを云っているの、勢いでこんなことがあって善い訳ないでしょう、


―うるさいな、愛してやるんだから善いだろう、


―そんなの、わたし要らない、


―すぐに癖になるよ、


―そんなの、他の人としなさいよ、



なんやかんやの善い争いをして、最終的には、それが目的だなんて汚いという林檎に、お前なんかそれで十分だ、せっかく愛してやろうと思ったのに、と吐き捨てた彼の元を、グラウンドめがけて走り抜けた林檎の勝ち逃げだった。



やっぱり、男の子に、女の子として愛されることが、林檎にはよくわからなかった。







息を切らしてはしる先に、既にユニフォームに着替えた青いマントが目に付いた。



見付かると、すぐに真面目な顔になってすこし眉が怒った。



結局、林檎は青いゴーグルに青いマントの、知的なかれがだいすきだった。






「鬼道くん、唐突に訊いていいかな、」


「何だ、」


「男の子は、女の子を愛するのに、気持ち以外の、何が要るの、」


「どうしてそれを今訊く?」



あくまでも冷静に、かれは応えた。



「判らないんだよ、わたし、はやりの、恋愛ってやつが、ねえ、鬼道くんならどうする、」




「質問の意図が、判らない」



「わたしだって、わからないよ、ただ、」



「何を目的で、男の子は女の子をすきになるのかなあって、思ったから、」



あんまりにもオブラートを剥がし過ぎて、のどにちりっと浸みる。






「…」






こんなことまで真面目に考えてくれているのであろうかれは、それでも効率的な時間で、わたしにとって願いもしない答えをはじき出した。







「目的なんて、ないだろう」



数式を流れるように書く、黒板に向いたあの右手の様に、すらすらと発する。





「俺にも恋愛なんて、よく判らないが、相手を幸せにしたいと思ったら、それがそうなんだろう、ただ、傷つけない様に、自分が、守りたいと思うことが、そう行動することが、そうなんじゃないのか、目的なんてあったら、それはただの、策略だ、」




ちょっとずつ声色がやさしくなっていくのに、林檎は胸をふるわせて、余分にまた、青いマントのかれがすきになった。




「ありがとう、けど難しくて、よく判らないや、」








結局、それでも林檎には男の子に、女の子として愛されることが善く判らなかった。









とおくにキャプテンの声が響いて、マネージャーが赤らめた頬で走り寄っていく。



ちらりとみえた校門前には男女が歩きざま抱き合って背伸びをした所だった。




どちらも、じつに楽しそうだった。









プラトニック・モラトリアム

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ