さよならを云えなくて善かった、
□仕方なく回す歯車の、
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ちょっと焦らされて忘れるくらいの展開がいちばんきっと、苦労も絶望もしないんだって、
だれでもないわたしが勝手に決めた。
のり塩のポテチを、ヒロトくんがパーティー開けしちゃったもんだからとめどなく何回も手を伸ばしては賞味しながらくだらない話をする。
「わたし、あのエントランスエリアの自販機どうにかしてほしいんだよねー、一番上のつめたいココアに、届かない、手が、」
「あー、ぼくもそれ行くたびに思う!まあそこは、ぼくたちちっちゃい子クラブとしては死活問題だよねー」
「えー、それは云い過ぎでしょー」
「はいはーい156センチの基山さんがうるさいよー」
「突然余所余所しくなったー!べつにそんなに変わらないじゃないか」
「152センチはボーダーラインですー超えられない壁ですうー
善いもんねー、ぼくたちはぼくたちで楽しくやるからー」
「ねー」
実は身長の低いわたしと栗松くんと吹雪くんとキャプテンと木暮くんとで『ちっちゃい子による、ちっちゃい子の為の、ちっちゃい子クラブ』というものをキャラバンの中で密かに立ち上げたなんていうのは世界中でもすこぶるどうでもいいことなんだけれど。
因みに内容は吹雪隊長によれば『ちっちゃい子が暮らしやすい環境を作るための活動』らしい。
「ま、164センチの佐久間先輩には関係ないけどな!」
さらっと髪をかきあげて、若干物理的に高い所から佐久間くんが気取って云う。
「あー聴いたー!?今、ちっちゃい子クラブに喧嘩売ったよ佐久間くん!」
「あーあ、こう云うの恨み深いよー?今度、鬼道くんも勧誘するからねー」
(あ、クッキー開いた、)
ひとしきりの毎日パーティを堪能すると、突然わたしは、ここ数日のこととお昼前の衝撃を思い出した。
(おおしまった、二人はどうなっているやら、そしてわたしは、)
そそくさと携帯をひらきながらヒロトくんの部屋を後にすると、受信メールは緑川くんから思った通り短文が入っていて、それは一時間余り前のものだった。
(すっかり忘れていた)
ぴっちり閉まった、人の気配のしない例の扉に手をかけると開いて、案の定というか部屋の主がいた。
電気は蛍光灯ふたつの最大の明るさで点いている。
「…ぁあ、」
視線があったので、わたしはよくわからない、変な挨拶をしてしまった。
かれはベッドサイドに腰かけて横に手を付いて、まさにだれかを待っていたみたいに天井に顔面を向けていた。
それはなんだか、不良っぽい普段だとか、情熱とか道徳に疎そうな感じとは違う、懐かしいみたいな、自然な、せつなくなる顔で、怖くはなかったけれど、迫力はなかった。
「何、」
「…………、…、………なにも、」
「あっそ、」
ふいっと顔をそむけると、とりかえしのつかない悪いことをした気分になって、わたしは自分の部屋に戻るのを諦めた。
相変わらず、わたしとお揃いの緑色の瞳は、ちょっと気弱にわたしを視ている。
視線を外すことなくじっと見ている。
「入っても善い?」
「善いよ、こっちこい、」
すいっとベッドから降りて、かれはその目前の、(さっきまで鬼道くんがいたのかもしれない)座布団替わりのクッションのある場所を指した。
わたしは胃の奥の奥がずんっとするのを動悸と一緒に感じながら、かれの胡坐をかいたほそい太腿を視ながらそこへ座り込んだ。
「…いまさら、何て呼んだら善いかわかんないよ、」
(だってだってだって、いずれはこうなるって)
(万が一として予想はしていたんだけれど、)
(わかったよ、善い方向にころべたら善いね、)
仕方なく回す歯車の、