さよならを云えなくて善かった、

□善い方向へだってころぶ、
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なんだか、事実は知ってしまえばそれだけなんだなあって、わたしの死にたい気持ちが治って、そんな時期を今から幸せな風に返してもらってやり直せるとは、流石に思わないけれど、





「不動さんと、何、話していたんですか?」


なんてことを、春奈ちゃんは訊かない。
当たり障りなく、鬼道くんから聴いていたのかもしれないけれど、



別れ際に、おやすみなさいのあとに、彼女が云った。


「よかったですね、」



満面の笑顔で云われて、すこし泣いた。





でも実を云うと、わたしの過去はたぶん、誰ひとりとして知らない。





次の朝、わたしはミーティングで、珍しいも珍しく声を上げた。


「みんなに、聴いて欲しいことがあるんですけれど、あの、善いですか…?」


「林檎が話すなんて珍しいな、よし、じゃあ何でも話せ!」

キャプテンのGoサインに甘えて口を開き、「不動さん」を一瞥する。
するとお兄ちゃんは静かに立ち上がって、頷いた。


みんながざわめいた。


どうして?
え?
なに?
不動くん?



っていう息遣いが聴こえる。




「最近のごたごたで察している人もいるとおもうけれど、」


「わたしと不動さん、は」



瞬きをしてはっきり云う。




「実の兄妹です」



「「「「「えええええ!!!??」」」」」




すっきりするくらい、みんなの驚く声がする。
ざわざわするのが、ほんのすこし落ち着くのを待って、続ける。


「お兄ちゃんの事情は、みんなも韓国戦のときに聴いたと思う、けど、その話には続きがあって、」

「あのあと、お父さんはわたしたちを置いて家を出て行きました」

「けれど実は、こっそりと引越しの…夜逃げの準備をしていたの」

「家の状況は、間違いなくどん底で、普通に生活なんてやっていける状態じゃなかった」

「お兄ちゃんも、一度はサッカーを辞めなくちゃいけなかったくらい」

「そして、お兄ちゃんがサッカーを辞めてすぐのことです」

「わたしがお母さんの友達の家族とキャンプに行って、帰ってきたら」

「お兄ちゃんとお母さんもいなくなっていて、つまり、」



「わたしは一度、家族に捨てられました」




「……」




皆が、沈黙を呑みこむ音がする。

だって、だれにも話していないことだったから。



「だから今まで、わたしは家族や、他の幸せな家族をずっと恨んできた」

「だけど本当は、それはお父さんがわたしを危険から守るためだったと昨日、知ることができました」



「だから、今まで心配かけたことを、謝ろうと思って、ここで打ち明けることにしました」



「…もう大丈夫です、ごめんなさい!」


勢いよく頭を下げると眩暈がする。



「そして、」


「これからも、チームメイトとして、友達として、宜しくお願いします!」




「そんなの、当然だろ」

「うん、僕こそ宜しくね」

「話してくれてありがとう」

「ずっと友達ですよ!」

「元気になって善かったわ」

「ああ、本当だよ」





色んな声がする。

あああ、不幸せは間違いなく不幸せでも、全部がそうだと嘆いたのは誰だっけ、



わたしの人生も、善い感じじゃないか、




(さあ、笑おうか、)
(丁度、太陽が昇った所だし、)
(もうこの瞬間に残すものはないよ、ねえ)



善い方向へだってころぶ、

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