さよならを云えなくて善かった、

□でも廻り出してた
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だって本当は、わたしはもっと幸せだったのだ。


あのひとが何をしたとか、何をした訳じゃないのはわたしだって判っているのだけれど、


それでもやっぱりもう二度と、






「おはよう、昨日はごめんね秋ちゃん、」


「林檎ちゃん、昨日は大丈夫だった、何かあったの、」

心配な顔でおずおずと秋ちゃんが云う。


「えっとね、何にもないんだけど、ちょっと疲れてたのかな、もう大丈夫だよ」


「本当に?何かあったら遠慮しないで何でも相談してね?」


「うん、ごめんねえ」



今朝一番に、グラウンドの我が天使に謝罪に行った。

どうやら、私が思っているよりは不審がられていないみたいですこし安心した。





「はいはーい!今日の練習はここまででーす!」


春奈ちゃんの声が、絵具のような軽いコバルトブルーに響いて浸みると、みんなが次第に動くのを辞める。


ああ、今日は午前だけだったのね、



「鬼道くん!おにぎり行こう!おにぎり!わたしは鮭が善いなあ」

「俺は春奈の…」



「おい、」



練習明けの鬼道くんを補充してお昼ごはんにこじつけた所に、聴き慣れたセクシィボイスが飛びこむ。


ゆれない澄んだ低い声、



ふたりそろって右を向く。



「不動、何の用だ」

「何の用だはねえだろ、昼飯終わったら練習行くぞ、練習」



さも、日課のお知らせに来ましたみたいな顔のかれに納得できずに訊く。



「鬼道くん、不動さんと何か練習しているの、」


「…ああ、必殺技の…いや、何でもない。すまないが昼食はすこし急いで善いか?」


「うん、善いけど、」



モヒカン頭をちらりと見る。

視線はあった気がしたけれど、一瞬にしてすっと変わる、刺さる様な瞳にわたしが負けてしまった。





じゃあな、と去っていくすがたを見送って、鬼道くんのマントの裾をつかんだ。





「林檎、」

すこし神妙な顔で鬼道くんが云った。

今日はすこしゴーグルの奥が視えた。



「なに、」


身体も顔も、すこしも動かさずに云う。


「不動と何かあったのか、」

「ど、うして、なにもないよ、」



どん、と胸がつめたく鳴る。

鬼道くんがほんのすこし顔を伏せる。




「…昨晩のことは、俺も善く視ていなかったし知らない」

「うん」

「だが、さっきの様子を視ても何となく、違う気がした、今までと」


「…そうかな、」


「お前が話したがらないなら構わないが、…いや、何もないなら善いんだ」


「…うん、」



「話せるときで善い、…いつでも」



「…」






おもむろに、のろのろと歩きだして、食堂に向かった。

だれも何も突っ込まなかったけれど、わたしとしてはそれがいちばん助かった。




そうして、15分かそこらでかたんと立って鬼道くんは食堂を出て行った。




(0.001周ずつでも歯車は進んでいくのね)
(逆周りはしないし、止まりもしないし先は見えないわ、)


でも廻り出してた

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