さよならを云えなくて善かった、
□眼前で間違いなく解れて、
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だって、こんなときでさえ助けてもくれないし、辻褄だって手伝って合わせてくれることもないなんて、だったらもう、他人だっていいじゃないか、何だってこんな、わたしに話したりするのだ、どうしたいのだ、わたしはだって、せっかく、
「鬼道くん、視て、今日の夕焼け、すごい紫きれい!」
「本当だ、グラデーションだな、片側はオレンジ色だ、」
暮時の空は、ゴールを向いて、右と左を視ると色が違って不思議な気分だった。
こんな感動は鬼道くんと分かち合うのがたのしい。
鬼道くんも、ゴーグルで隠しても見える分からたのしんでいてくれてとっても善い。
(あ、)
わたしの右ななめ後ろで、ふあっと揺れる白黒の髪にきれいな肌色が眼に入る。
振り向かないかれに、安心するけれどすこしせつなくて、申し訳ない気持ちになる。
本当は、わたしはかれを昔みたいに呼びたいのかもしれない。
だけれど、わたしは今、自分を置いて普通の生活を勝手にしていたかれが間違いなく大嫌いなのだ。
監督から事情を聴いたって、でも、そんなの、わたしの話だっていっぱいある、全部省かれた分の、話があるのに、
「…」
視ていた頭が、ふいっとこっちを振り向いた。
「なんだよ、」
何でもない様な声でなんとなく遠慮がちに云う。
眼の前でわたしがあんなことになったらそれは、それは何て話したらいいのか判らなくなるだろうけど、
「…なにもないよ、」
「不動、」
「!」
後ろから刺さるみたいな大好きな声が飛んで来て、わたしの目の前の人におちた。
鬼道くんは、真面目な顔をしてかれを視ている。
「すこし、話があるんだが、善いか、」
「何の話だよ、ここじゃできない話か、」
「不動、」
鬼道くんがすこし強い声になって云う。
「…わかったよ、」
かれは諦めたように折れて、わたしをすれ違っていく。
「ああ、後で行く」
鬼道くんがかれを視ないで静かに云うと、小さな風がひゅっと音を鳴らした。
「鬼道くん、」
「どうした、」
わたしを振り返るとやさしい顔に戻って鬼道くんがわらう。
赤いひらひらがなんとなく揺れている。
相変わらずの、綺麗につるつるなゴーグルの正面のレンズを見詰めて何にも言えないでいると、鬼道くんが気を遣ったみたいに首をかしげた。
「鬼道くんも、わたしのこと、最近変だって思っているの、」
「変?」
「今日ね、吹雪くんが云っていたのよ、みんなそう思っているって、」
「……」
「鬼道くんも昨日、云っていたでしょう、」
恐る恐る踏み切ると、鬼道くんはおずおずと、やさしく云う。
「…心配、していただけだ、」
「そう、」
わたしは全部忘れて、急に嬉しくなってしまって、わらってしまう。
「ありがとう、」
(こんな風に、こんな所でわたしは楽しいを育てているのに、)
(また不幸になる予感しかしないわ、)
(ああもう知りたくない、)
何にも云わないで鬼道くんはわらって歩きはじめた。
眼前で間違いなく解れて、