あなたとの距離

□いつもわめいていた
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「武士くん、」



「雪埜、」



すき、すきだなんて言葉に出して云わない彼女たちはきっと云わなくたって判っているからなんだろう。




「河井くん!」



いつものように、見つけた貴公子の背中にダイビングする。


「わあっ、林檎、」


「今日もかっこいいね河井くん!」




「ふふ、」


となりでわらうミディアムショートに嫉妬が募る。



「林檎は、いつも元気ですよね」


「本当にね、」



「だって河井くんがすきだから!」



「あはは…」


「本気だもん!」



「はいはい」




「おーいみんな!練習始めるっちゃよー!」


菊ちゃんが準備万端で駆けこんでくると、そそくさとみんなは切りかえる。



「はーい」



定位置に置いたグローブのセットを装着しながら河井くんを視るとまだ、ふたりで掛け合っていた。





(だけどリングの上にあがるのはわたしなんだもん)





「JET!」

「ひゃあっ…!」



ずだーん、覆しようのない音が鳴る。




なけなしのプライドで臨んだスパーリングでさえ、わたしはかれに敵うことはなかった。



「おつかれさまです、大丈夫ですか」



「へいき」




そうわたしが返すと、ほんとうにそっけなく素通りして行ってしまった。






凄い勢いで後ろを振り返ると、例のたのしそうな風景が視えた。

河井くんは雪埜からタオルとドリンクを受け取り、汗を拭いている。





(わたしって、ばかみたいだ)



髪留めを置いてきちゃった、と嘯いてそそくさとジムを後にした。



自分の部屋に戻ると特急で扉を閉めて泣いたけど、声は挙げなかった。

そういえばかれを視るときはいつだってこんな気持ちだと、今更になって気付いた。




(所詮、おんなじ床に立つだけじゃ、)
(かれからわたしなんて視えるはずもないのだ、)
(もうスタート地点で間違っていたんだ、)

いつもわめいていた

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