カルピスみたいにまっしろな、

□なにを根拠に、
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「そういえば、キャプ…んん、神童先輩はもうすぐ退院よね、お見舞いに全然行けなかったけれど」

「ああ、そういえば、」


にいさんの病室を出たあたりで、金原がぽつりと切り出した。



「だが、今日は流石にもう遅くないか、」

「そうなんだけれど」


病棟と病棟の真ん中の、自販機のある休憩スペースにさしかかり、今週の予定を思い出そうと腕を組みすこし下を向いたあたりで、ばたばたと音がした。

隣の病棟だ。



「……?」

金原が音のする方に顔を向け視入る。



赤い、給食のカートみたいなキャスターを引きながら男女の看護師が3人がかりで走って云った。
病室の中から緊迫した声がする。

「早くカート!!あと心電図!!!」


病室からは、親らしい女性の、子供を呼び戻そうとする悲鳴が聞こえる。


(何か危ないのか、)



「、おい(金原)、」


帰るぞ、と声をかけようとしたが彼女は取りつかれた様に無心にあわただしい病室を視ている。

瞬き一つしない。


中からはガチャガチャと機械をとりつける音がする。

悲鳴が激しくなっていく。

機械の呑気なアラームが増えていく。

何となく想像できることに、この中は相当な修羅場なのだろう。


俺はすこしこわくなった。




「帰るぞ、」


「!」



これ以上この場にいるのが何だか縁起でもない気がして(というか視てはいけない気がして)、彼女の右腕を強引に掴んで歩きだした。
不意打ちされた様にぐらついた金原は、俺を視ることもなくおとなしく着いてきた。




午後7時を過ぎると、初夏といえど流石に空は藍色で、都会には星はない。



「…」

「…」



先程のちいさな事件が病院のそとで生活する俺たちには衝撃的すぎて、別次元の感覚を味わった。

お互いに声を発さない。


俺もなんて切り出せばいいのか判らない。



「京ちゃん、」

「何だ」


「優一さん元気そうでよかったね、」

「ああ、」


「また明日も行くの?」

「明日は行かない」


「何で?」

「にいさんが気を遣うから」


「おにいさん想いなのね、」

「別に」



夏の夜だから、他の季節に比べれば湿気が多いし気温は少しずつ上がっている。

抜ける風も、爽やかさは纏わない。



「京ちゃん、」

「何だ」


「あのね、」

「ん、」



幾分か声のトーンを下げて話しにくそうに金原が云う。



「今日、びっくりしたね、」

「何が……、ああ、」


現実というものを、ばっとダイジェストで流された気分だ。



「こんな風に生活してたら、あんな状況、考えもつかないのにね」

「そうだな、」


「…」



「あの子、どうなるんだろう」

「…どうなるんだろうな、」




「こわいなあ」

「…」



だけれど、少なくとも今、俺たちには縁のない話じゃないか、俺たちやチームのみんなはもちろん、にいさんは別にそういう状態じゃないし、キャプテンはもうほとんど全快だと聞いているし、準決勝の、オレンジ色の、ああそう、雨宮って云うやつも、サッカーをするくらいには元気だった。…その後は知らないけれど。


なんて声に出して、踏み込んで伝えることもないまま、一線を引いた距離で、当たり障りのないことばが出た。


「大丈夫だろ、」




(実は彼女のことを何にも知らないまま、)
(俺は友達をやっていたのだ、長らく)


なにを根拠に、

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