カルピスみたいにまっしろな、
□食い違っても満足、
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俺が彼女を初めて視たのは、あの日、そう、桜が惜しげもなく舞い散る入学式の日。
転校初日のこと。
グラウンドに向って歩く俺に、指定のものでもない私物のリュックを背負った女子が一人ゆっくりと歩いてすれ違った。
知り合いに似た白い髪に白い肌、嘘みたいに丸い大きな眼、白い睫毛、絵本の中のようにそろった曲線的なミディアムボブ、
(人形かと思った、)
褒めたいのか惚れたのか、軽蔑しているのか俺は率直に初対面(すらしていない)の女子に変な感想を抱いた。
もちろん紛れもなく彼女は人間で、ユニフォーム姿の人影を見つけると突然走りだして往った。
今思えば俺は、「可愛い」とでも云いたかったんだろうなとボキャブラリーの少なさを笑う。
ひと悶着あった例の事件も彼女は一部始終を視ていただろうけれど、次に会ったときからはこれも例の「京ちゃん事件」として、部内でも語り継がれている。
誰からも10割くらいは歓迎されていない俺に向ってあんな衝撃的な行動に出たのだ。
あのときこそざわめきの声と恐怖に満ちた視線を360度から浴びた記憶しかないが、正式に入部して折れてからはたびたびネタにして盛り上げの道具にされる。
俺としても実際は、いやに距離の近い彼女をあしらいこそすれど完全に無碍には出来ず、いつの間にか委員会まで一緒になり、席は隣になり、ベンチの定位置も気付くと隣になっていて、どちらからともなく登下校を共にしテスト勉強に協力し合う仲になっていた。
「ちゅーかさ、おまえら付き合ってんの?」
などとからかわれるようになって何となく気付きはじめたのは、ただのチームメイトとして、他の先輩や同級生と同じ様に彼女と接しては居ないということだった。
「ちがいます」
はっきりと否定しては堪えるように笑ったまま立ち去るチームメイトや監督たちにも、「そういう関係」だと勝手に認識されていく様になった。
「京ちゃん、」
「どうした」
練習メニューをひと段落終えて、ベンチに腰掛けると金原が声をかけてきた。
「剣城って、りんごにはすぐに返事するんだねえ」なんて、いつか空野がにんまりと云った。
「京ちゃんは、音楽とか聴くの、」
「あんまり」
「意外ね、洋楽とか聴くと思ってた」
「聴いても判らない」
素直な中学生らしい解答をすると、金原は面白そうにわらった。
洋楽をたしなむサッカー男子中学生なんて聞いたことがない。
…クラシックなんてのを聴くキャプテンは色々と例外だが。
「ふふふ、」
「俺、何か変なこと云ったか、」
「なんていうか、可愛いというか、」
「は、」
「恰好からして、何か、バンドとかそういう派手なの聴くと思ってた」
「見た目で判断するな」
「ねえ典人、…っあいってええ!!!!」
すこし向こう側で俺たちの方を視ていたらしい浜野先輩が突然きらきらと倉間先輩の両手をとり、強烈なローキックを喰らって跳ねていた。
頭のてっぺんがちりっと熱く焼ける感覚を振り払えないまま意を決して口を開いた。
「おまえは、」
「え、なにが、」
「おまえは何か、音楽とか聴くのか」
「わたしは聴くよ、ロックとか、あとはほんの少しだけ、ポップスとか、今時のことはよく、判らないけれど」
「それも意外だな」
「なんで、」
「ロックなんてイメージが、まるでない」
「よく云われる、それ」
ふふ、とまた彼女が笑うのを視て自分をすこし褒める。
「なんで京ちゃんは、音楽聴かないの、」
「興味がない、流行はよく判らないしな」
「わたしも流行は善く判らないけどなあ、」
「そうか、」
「でもああいうの聴くとなんか、スカッとしない、」
「いつもはしてないのか」
「ううん、しているような、していないような、」
「俺にはわからん」
「京ちゃんって、変わってるね」
「おまえが云うな」
まあ確かに、興味のある人間とない人間の境目ってこういうことなのだろう。
サッカーを知らない人間は、別にサッカーをしたくはならないし、俺は野球をしたいとかピアノが弾きたいとかは考えないし思わない。
「失礼ね、あ、休憩おしまいだよ京ちゃん」
(あ、)
湿りかけのすこし涼しい風で、定規みたいにきれいな髪が流れると、香水みたいな石鹸じみた香りがする。
ああ彼女は女なんだと再確認する。
年中こんな香りを漂わせながら生きていたら、俺の様に目立つ制服を着て気取ってみたり、人に嘗められない様になってやろうとか、そういう気分にはならないのかもしれない。
ドリンクとタオルを、畳んだジャージと一緒に固めて置いて、立ち上る。
うしろを振り向くと、実に楽しそうな表情のマネージャー陣がいた。
溜息を吐いて足早に歩き去った。
(そういえばもうすぐ夏だ、)
(あいつは何処かに行くのだろうか、)
(…関係ないか、)
食い違っても満足、