カルピスみたいにまっしろな、

□きみの未来に俺は
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「今日は、あなたたちに10年後の自分へ手紙を書いてもらいます」






国語担任の音無先生が山のような原稿用紙をそろえながら得意げに云った。

溜息のような、興奮した様な様々な声が教室に充満する。



「今回、『10年後の自分へ』というテーマで書いてもらった手紙は全員、コンクールに出します。生徒全員です。…」

「…あと、この手紙は市役所に預かってもらって、10年後の同窓会で、実際に皆さん自身で開けることになります」


ええー、という揃った声が響く。


「ここに原稿用紙があります、もしも、どうしても何か違うものに書きたい人はここに真っ白の紙と、色画用紙を用意しました、好きな風に書いてください、これから国語は5時間くらい、この手紙に使います、終わらない人は家でやってきても結構です」




(10年後か…)



10年後と云えば、俺は22歳か23歳になった頃だ。
成人式も終えているから、きっと社会人だし、何かしら仕事もしているんだろう。
南沢先輩のことを思い出した。
あのひとは、内申がとか、第一志望がとかよく云っていたから、なんだかんだで社会人になるのだろう。
松風は、円堂監督のように、母校の監督か何かで落ち着くのだろう。
西園や狩屋はどうするのだろうか、影山が案外サッカーを続けるかも知れない。
キャプテンは、ピアノを取るのだろうか、サッカーを続けるのだろうか、
霧野先輩は、たぶんサッカーを続けて選手になるんだろう。

志望校だとかなんて、きちんと考えたこともなかった。
昔は、にいさんのために医者になるだとか云った時期もあった気がする。
出来るなら今は、このまま一生サッカーをしていたいと思う、俺の力の及ぶ限り。
それが現実的なことかどうかは別としても、




ちらほらと蝉の鳴き声が耳に届く。
未だに自習室や特別教室以外はクーラーの完備されていないこの学校にも、認めたくないが茹だる様な夏が来るようだ。




そういえば何でも今年は、雷門中が創立60周年記念とかで、町全体を挙げて色々な試みや催しをするらしい。

これまでにも祭りがあったり、文化祭に偉い人を招くだとか、いろんな話を聞いた。



今日はやたら天気が善いなと、教室の中に眼を向けると、隣で金原がシャープペンシルを左に持ち右手を頬杖にして、真っ白の紙を視ている。

元々真面目な彼女が、授業中だけは振り向きもせず真面目に取り組むのはなんとも不思議なことだった。



運動場のすこし向こうに、サッカーグラウンドが視える。
あと数時間で俺の行く場所だ。

何となく吹いた風が、金原の襟足をゆらすと、いつものあのシャンプーのような香水のような香りがしたのに俺は眼を細めた。



(くだらない、)



前の席から廻ってきた原稿用紙を机に敷くと、俺は自分の腕を枕にして、そのままうつ伏せた。








「京ちゃん、京ちゃんは10年後の手紙どうするの」

教室を出る頃になって、金原が俺に突然訊いた。


夏の暑さに浮かれてはしゃぐ生徒たちの奇声や咎める女子の声をBGMに、いとも青春らしい風景だ。
こんな時、映画の格好いい俳優なら、歯切れよく自分の夢を宣言したりするんだろうけれど、俺には生憎そんな自信のある将来設計は持ち合わせていない。



「判る訳ないだろ、そんな先のこと」



「そうなんだ…」


ふいっと下を向いてしまった金原は、何だか残念そうだった。



「おまえは何を書くつもりだ、」

「手紙?」

「ああ、」


「さあねえ、判らないわ、わたしも、そんな先のこととか、第一、生きてるかも判らないし」

「流石に生きてはいるだろう」


「…判らないものよ、人生なんて、」

「…」


俺の知らない方を視て、俺の知らない顔でつぶやく金原に、触れるほど近くにいるのに世界ひとつ分の距離さえ感じた。


「京ちゃんは、サッカー選手になるんでしょう、」

「希望はな、」


「意外ね、当然って云うと思っていたわ」

「なりたいとは、思うけど」


「京ちゃんこんなに活躍してるのに、なれないと思うの、」

「この先どうなるかなんて判らないだろ、もっとうまい奴が出てくるかもしれない」


「日本一のストライカーなのよ、」

金原が俺に向って少しかがみながらつよく云うとひとつボタンの開いた襟元からなにかがのぞく。

こんな体勢になるなよ、眼のやりどころに困るじゃないか、なんて心の中で押し殺して、知らん顔で前を視る。


「HRに出てない奴だっているだろ、そう云う奴を俺はまだ知らないから、それくらいすごい奴とやり合ってどうなるかなんて、判らないんだよ」



「京ちゃんって、謙虚ねえ、でもわたしは視てみたいなあ」

くすくすと笑って面白そうに俺を視る。



「何を」

「ワールドカップ日本代表、剣城京介、なんていうの」

「いつか見せてやるよ、」

「楽しみね」


ようやくいつもの青空の似合う顔になったので俺は安心して、足を速めて部室棟に向った。









更衣室でも、ミーティングルームでも、ちらほらとそういう話題が聴こえてきた。

悩みどころなのは皆一緒らしい。


ニートにだけは、なりたくないですよおー、だとか
夢は、プロ選手だよな、とか
私はやっぱり、ドラマみたいな恋をして、だれかのお嫁さんかな!とか、
やっぱり家を継ぐのかな、とか
監督に至っては10年前からサッカーのことしか頭になかったらしい。



「10年後、俺が何してるかって?」


俺の見解を松風に訊くと、彼はわらって答えた。

「そんなの決まってるじゃないか、」




「サッカーしてるよ!」


「おまえらしいな、」

俺がわらうと、松風はすこしせつなく微笑んで両手を後ろ手に組んで軽くうつむいて云った。。


「オレがこの先どうなるかは判らないけど…、皆がサッカー選手とかじゃなくってもさ、善いんだ、このメンバーで…いや、これから出逢う仲間も含めて、色んな人がサッカーを好きで、皆で、」


眼を閉じて空を向く。



「サッカーって善いよねって云えて、できれば、10年後にも、皆でサッカーしたいなあ、オレは、こんなに好きで居る限りずっとサッカーからは離れられないと思うよ、」




こんなに蒼い空に、薄く白い雲の塊をひとつ見つけると、松風があの雲はサッカーボールだと云った。


(何となく固まり始めた課題の構想を立てながら考えた)
(にいさんに訊いたらなんて云うんだろうか、)
(彼女はどんな顔をするのだろうか)


きみの未来に俺は

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