カルピスみたいにまっしろな、
□きみがそういうなら、
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数日後、台風で学校は休校になった。
あの監督でさえ流石にこの暴風は如何ともしがたいのだろう、練習は休みだと松風から連絡があった。
時刻は8:15辺りを指している。
俺はすこし早目に目覚ましをかけてはみたものの、窓の外から聴こえる騒音に走る気さえ喪失し、練習もないとなればする事もないのでラッキーだと四度寝にかかった。
充電器につないだままの携帯電話がリズムよく震えると、りんごからの電話だった。
「京ちゃん、今からわたしの家に来ない?」
「…」
この暴風雨の中を走ってこいというのか。
俺が何も返さないでいると、りんごは「お菓子を用意して待っているから!」と早々に電話を切ってしまった。
どうやら今日はりんごの家にはりんご以外誰もいないらしい。
「お母さんは昨晩の時点で会社から帰れなくって、台風が収まったら頃合をみて帰ってくるって、お婆ちゃんとお爺ちゃんは旅行に行っていたんだけれど、この台風じゃ交通機関なんて全部パアで、仕方がないからもう一泊してくるって、電話がさっきあったの、京ちゃんもどうせ暇でしょう、こんな中お見舞いに行ったって優一さんびっくりしちゃうもの」
ああなるほど、
「それで暇つぶしのお守役に俺が抜擢された訳か、」
「そういうこと、台風の中ひとり怯える彼女を放ってはおけないでしょう、」
「ピンピンしてるじゃないか、」
「強がっているのよ、」
「ああそう、」
りんごは午後の紅茶を熊の模様の付いたグラスに注ぎながら強気にふるまって見せる。
彼女の部屋に行こうともしたが、こんなときだし折角だからとりんごは俺をリビングに上げた。
俺の家と違って椅子のない、床に直接座るタイプの食卓が丸くどん、と置かれていた。
「いつもここで夕飯を食べているのか、」
「そうよ、京ちゃんのお家は違うの、」
「俺の家はキッチンカウンターの横にダイニングテーブルで食べてる」
「わたし、京ちゃんのお家にも行ってみたいわ」
「今度、母さんに話しておく」
「なんだか結婚のあいさつみたいね」
りんごはふふふ、と笑うと俺がぼんやりと窓の外を視るのに気付き、退屈していると思ったらしく慌ててテレビの電源を入れた。
「ごめん、わたしってテレビとか視ないから、」
「消しても善いけど」
「でも、京ちゃんは視るでしょう」
「俺はどっちでもいい」
そういうと、やはり彼女は静寂を好むらしくさっさと主電源を切ってしまった。
「京ちゃん」
「りんご?」
りんごが俺を視ないまま尋ねる。
「…近くに寄っても善い、」
「ああ」
そういうと、りんごは体育座りのままこちらへ擦り寄ってきて頭を肩に乗せた。
俺は応えるように右腕を背中にまわした。
「雨、すごいね、」
「そうだな」
「明日は練習、あるかなあ」
「グラウンドが乾けばな」
「雨、止むと善いね」
「このままじゃ、俺も帰れない」
「いいじゃない、ずっとこのままで」
「俺は善くても、お前の家族が困るだろ、男を連れ込んだりなんかして」
「云い方がいやらしいよ、京ちゃん」
「悪かったよ」
そのまま眠るでも盛り上がるでもなく1時間かそこらが経過し、りんごが云った。
「わたしの部屋に行きましょう、京ちゃん」
りんごの部屋は、整理されているとは言い難いが、きちんと足の踏み場はあり全体を見渡せば云うほど雑然とはしていなかった。
「電気、付けなくて善いかしら」
「お好きな様に」
俺が云うと、りんごはベッドの上に座り込んだ。
俺はベッドの下に、ベッドを背もたれにして座った。
「……」
「………」
「昨日ね、たまたまテレビで見たんだけれど、」
「珍しいな」
「昨日は宿題をやりたくなくて、そう、視ていたんだけど、事故で顔に大やけどを負った女の人が居たの、それでね、彼女は人生に絶望してしまったんだけれど、彼女をずっと愛していたひとからプロポーズされたんだって、その人は彼女を助けるために色んなことをして、結局は結婚したんだけれど、」
俺の眼をまっすぐに視て云った。
「素敵だと思わない、」
「善いんじゃないか、」
俺が興味のない話題に返すと、彼女は不満げに俺の頬を突いた。
「反応が薄い、感動的だと思わないの、」
「だって別に、善いことだけど、凄いことじゃないだろ、」
「え、」
「俺だっておまえがそうなったら同じことができる」
愛していたら、そんなの当たり前のことだ、と俺は思う。
愛すると云うことは、例外はいくらでもあるだろうけれど相手の一部を好きになることとは違う。だから喩え見た目がゾンビみたいになっても、サッカーのできない身体になっても(そうなる前に俺が阻止するが)、だからといって俺の、りんごを好きでいる気持ちに何ら変化はないだろう。
「どうかしらね、」
「俺を疑っているのか」
「別に、そうじゃないけど」
急に止まって、俺の眼を真正面から視るとりんごが笑い直した。
「京ちゃんって、たまに素敵なことを云うのね、」
「たまにとは何だ」
りんごが髪をかき上げながら睫毛を揺らして笑うとそれなりに(というと怒られそうだが)色気があって、まあもちろん、好きだと云う感情もすこし昂った。
(「あまり先延ばしにするのも可哀想」、か、)
唐突に思い立った俺はベッドの上に座り、急にりんごを押し倒した。
押し倒したは善いが、ここにきて混乱した。
次は、服を脱がせるのだろうか、自分で脱いでくれる算段なのだろうか、
りんごは抵抗も肯定もせず「どうしたの、京ちゃん」と云いたそうな顔で俺を視ている。
「……」
「……」
襟元のボタンに手をかけるだけ掛けてお互いに無言で見つめ合っていると、りんごが云った。
「京ちゃん、」
溜息を吐いて若干乱れたままゆっくりと起き上がる。
「私たちにはまだ早すぎたと思うわ、」
「…悪かった、」
居たたまれない表情で俺が謝罪すると、りんごは突然笑い出した。
「ふふふふふ、」
「何だよ、」
「京ちゃん、わたしたちはわたしたちのペースで行きましょう、ね、ふふふふ、」
「何がおかしいんだよ、」
りんごは涙ぐんだ眼を拭いながら云った。
「だって京ちゃん、あんな雰囲気にしておいて、何にも出来ないんだもの」
「出来た方が善かったのか」
「もうそんな所まで来るのかと思って、ちょっと心の準備とかしちゃった」
「……」
「ううん、これなら他の女の子に手を出すこともないと思うから、すこし安心ね、」
「俺がどれだけおまえを好きか信じてないのか、」
「どれだけ好きなの、」
「おまえのユニフォームに嫉妬する俺だぜ、」
「ばか、」
そういうと彼女はまた笑いだし、気が済むと俺を布団の中へ引っ張り込んで昼寝を始めた。
(そうだ、俺たちにはこれで丁度好い)
(お互いに触れるか触れないかの距離で眼を閉じた)
きみがそういうなら、