カルピスみたいにまっしろな、

□消毒に消される初恋の味よ
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「京ちゃん、おはよう」








おはようといえど、今の時刻は午後2時を過ぎている。




「もう昼過ぎだぞ」



「今日、初めて会う人にはおはようを云うのよ、京ちゃん」


可愛らしいピンク色のパジャマを着て諭す様にりんごが云う。



「…了解した」



ベッドの横に立った俺は差し入れを快く受け取る彼女に折れた。









中学二年の夏休みが近付き、文化祭はもとより野外学習も近付き、周りがそれとなく浮かれはしゃいでいる時分に、りんごには「再生不良性貧血」という病名が付けられた。



「今日は部活はどうしたの、京ちゃん」


「今週は期末テスト週間なんだ」


「どうして、テストは再来週でしょう?」



7月に入って間もない今日この頃、我がサッカー部の学力を嘆いた先生方や監督が、他の部より一足先にテスト週間を設けたのだ。



「こっちも大変なんだ、はやくお前も戻ってこい」


「先生が許してくれたらね」



比較的成績の善いりんごや俺と違い、サッカー以外のことはまるで考えられないような松風や狩屋たちは、最終的に誰かがどうにか面倒を視なくてはいけなくなる。


中間テストはりんごの助力で乗り切れたのだが、今回は病人に手を借りる訳にも行かず、先輩まで総動員して大騒動になっている。




カーテンを閉め切った部屋で、りんごが窓をちらりと盗み見てぼやく。



「この部屋って、夏なのに日当たりが善いんだもの、窓くらい開けたいのに」


「勝手なことをすると、また怒られるぞ」


「流石に、いつも怒られている訳じゃないのよ」



身体の中の、血液を造る細胞か何かがうまく働かないために、免疫力も下がっているのだと俺はりんごから聴いた。
そのせいで、迂闊に外出どころか窓も開けさせてもらえないのだと云う。


「この病棟にいる分には善いみたいなんだけれど、これじゃ太陽くんとサッカーもしに行けない」


「すこしの間くらい、我慢しろ、そんなに長くかからないんだろう」


「そうね、一応、通院も入れて半年程度、とは聴いているけれど」


どうかしらね、とりんごが溜息を吐いて肩をすくめる。



「いざとなったら俺が医者になる」


「頼もしいわ」



話を流す様にりんごがそっけなくわらう。

病名としては重病だと俺も様々なメディアで聴き知ってはいるが、まだ軽症なようで、りんごは病室に閉じ込められるでもなく、傍から見れば点滴を受けている以外は普段と特別に違いはなかった。





「みんな、どうしている?」


「別に、今までと変わらない、勉強して、サッカーして、そんな感じだ」


「狩屋くんが霧野先輩にどつかれたり?」

「ああ」

「天馬はまだサッカーと恋人?」

「挙式の日取りが決まった」


「わたしもサッカーと結婚したいなあ」


暇つぶしの部日誌をとん、オーバーベッドテーブルに立てて置いて溜息を吐く。

「もうどれくらいサッカーしてないと思っているのよ、ああ退屈」


「そこは嘘でも俺とって云えば善いのに」

俺がムッとして云うと、りんごは部日誌を突き返しながら応えた。


「京ちゃんはしたくなくても結婚するから善いの」

「したくないのかよ」

「したいけど」


俺が受け取ろうとすると今度は引っ張りながら部日誌を抱え込む。

「やっぱり見る」



りんごが日誌の端で指を切りはしないかと俺が冷や冷やしていると、りんごの携帯電話がバイブレーションでリズミカルに揺れた。


「携帯は禁止だろ」

「メールは黙認されているの、ここは個室だし、ペースメーカーも入ってないし それとも京ちゃん、サッカーも学校もない生活に携帯まで取り上げるの」

緑色のパールカラーを抱え込んで口をとがらせる。

「悪かった」


普段と大して変わらない彼女の姿に、ともすれば俺は病人であることを忘れそうになるが、紛れもなくりんごは俺たちとは全く違う生活を強いられているのだった。
元気そうに視えたって、あいつも大変なんだぞ、
そうだ、監督も云っていた気がする。


「監督だ、ああそういえば、お昼に来てくれたのよ、円堂監督」

「平日なのに?」

「うん、最初は休部の話だったけれど、」

「休部扱いなんだな」

「うん、しばらくはどうしたって行けそうにないもの」

こう云う、現実的な話になるとなんだか事の大きさを、眼の前にどん、と存在する彼女の姿以上に実感する。
ああああ、ほんの50日も前くらいはこんなはずではなかったと云うのに、
…俺の果たせなかったラブシーンはどうしてくれる。


「でもね、何だか励ましに来てくれたみたい、滅多に来なかったけど、さっきからメールをしているの」

「へえ」

あんまり興味はないけれど、恋人とあろう女性が、他の男と真意は無いにしろ親しくしてたのしがっているのは、面白くないし淋しい。
別に善いけれど。

「今ね、鬼道コーチ…ああもうコーチじゃない、選手、と居るんだって」

画面から眼を上げずに文面に視入っている。
そんなの、誰の文字でもないのに、


「お前の初恋の鬼道選手か」

「やだ、サッカーをするきっかけの、その、一方的な憧れみたいなものよ」

「…」


少し赤くなった彼女に妬いた俺は、内出血しない程度にりんごの頬を支えて持ち上げてキスをした。


りんごは眼を見開くよりも前に俺の頬を押しのけて申し訳なさそうに云った。

「京ちゃんごめんね、キスするときはね、そのままするのは駄目だって」

「じゃあどうやってしたら」

眼を伏せてちょっと吐き出す様にちいさく云う。
「本当は、キスしちゃだめなんだってね、外からのばい菌が移っちゃうから」

「ばい菌扱いかよ」

「うがいしてからにしてほしいな、わたしの為にね、」

「俺たちのキスはうがい薬の味か」

「やさしさの味よ」






(まだ今は、なけなしの希望もすこしは自信がある)
(絶望の姿が掴めないけれどはっきりは視えない)
(そして多分、行きつく先をすこし知っている)


消毒に消される初恋の味よ、

(なんて現金な)

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