‡狐の部屋‡

□無題
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お天気なのに雨が降る日はね。
お山へ上がっちゃいけないよ。
あれはね、狐の嫁入り。
そう、お狐さんがね、お嫁に行くんだよ。
人間に見られちゃいけないから、雨を降らせるのさ。
雨が降ったら、おうちにおはいり。
いつもそう言ってるだろう?

お天気なのに雨が降る日はね。
お山へ上がっちゃいけないよ。


忘れかけていた遠い記憶。
曾祖母の教えを破ったのは、幾つの時だっただろう。
家が農家だったため、畑も山もたくさんあった。
その何処も彼処もが遊び場だった。
ある日。
さああ、と音を立てて雨が降り始めた。
太陽は顔を覗かせていたのに。
綺麗だった。
虹が出るかもしれない。
雨に濡れる事も厭わずに、小道を下らずに更に上がった。
杉の木林に入ってしまえば雨は凌げる。
さわ、さわ。
風に揺れる木々の音。
その向こうに見えたものは。

あれは一体、何だっただろう。


「う〜……」
自分の唸り声で目が覚める。
カーテンの向こうは薄っすらと明るい。
もう朝になったのか、と山本は時計を探した。
右手のひらに、この部屋では触れた事のない何かが触れる。
びくり、と手を引っこめ、山本は恐る恐る上体を起こしてそれを確かめようとした。
「…………?」
触れたものは、決して不快なものではなかった。
ほわほわと温かい。
視力は悪くない、むしろ良いほうだと思う。
しかし山本は目を眇めた。
「………?」
すやすやと寝息を立てているのは、ケイだった。
ベッドにもたれかかり、すっかり眠ってしまっているようだ。
顔は向こうを向いていた。
その頭に。
「……ん〜と……」
彼に、耳つきのカチューシャをつける趣味があるとは知らなかった。
まあ、可愛いから別にいいのだが。
山本はさわさわとケイの頭に生えた三角の耳を撫でる。
柔らかそうだなあと思っていたけれど、やはりそれは柔らかかった。
ほんのり指先に熱を感じる。
「……いや待てよ!?」
途端に寝ぼけた頭がクリアになる。
山本は飛び起きた。
「あっ!!鷹さん!!おはようございます、大丈夫ですか!?」
山本の気配に驚いたように、ケイも顔を上げる。
そこにはもう、三角の耳など存在していなかった。
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