BLAZE CREST
□‡異変の始まり‡
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太陽は未だ絶壁の向こう側から姿を見せなかったが、夜はまたどこかの世界へと消えていった。
アルティレスカという国は、大陸の最西端に位置する、ハルメリアと比べると土地は二分の一ほどしかない国だった。
国の国境線となっている、東側に反り立つ巨大な絶壁があまりに大きいせいで、絶壁付近の集落に日光が直接届くのは、夏場でも七時ごろになる。
そしてその絶壁の向こうには広大な荒れ地が広がっており、それがこの国と外の国とを遠く隔たりを作る原因になっていた。
大陸の内でも特に旧い一族であるこの国の民衆は、家畜の手を借りれば崖を越えられないものでも無かったのだが、いつからか、壁の向こう側に行くと災厄を呼び寄せるという迷信が広がり、崖を越えてはいけないという掟までもが出来てしまった。
そのため、もうかれこれ五百年近く外の国との交流が断たれ、国民はただただ毎日変わらない生活を繰り返すだけだった。
ほんの三週間前までは。
「んぐぅ〜〜〜」
故郷が遠く、歩いて通うのが困難な団員の為に設けられた寄宿舎。その中の、二人部屋の一室で幸せそうないびきをかきながら、ルヴァン・レイデルトは寝返りを打っていた。
八月の後半でまだ日が長い方であるにも関わらず、この国の地形の影響で、窓からはまだ日の光は差し込んでいなかった。
だが、時刻は六時半。そろそろ起きて、出勤の準備をしなければならないところだが、目覚めの「め」の字も忘れて、未だ夢の彼方に彼の意識はある。
ジリリリリリリ!!
そのうち、枕元に置いてある”魔導式目覚ましベル”が、けたたましく部屋に鳴りだした。
ジリリリリリリ!!
しかし、ルーワンはうなされすらせずに寝息を立て続ける。それにしても、この音で起きないのは凄いと言えるだろう。耳が聞こえていないのではないだろうか、と、普通の寝起きの人なら疑いたくなるほどだ。
ジリリリ、リッ! ……
ベルの音が突然鳴り止んだ。どうやら誰かが止めたようだ。
だが、ルーワンは未だによだれまで垂らして眠りこけていた。起きる気配は全くない。
「ふぁ……朝が来たぞー。起きろ、ルーワン」
ルーワンの寝ているベッドの、隣のベッドがゴソゴソと動き出した。そして、その布団の中から赤茶色の髪の青年が、”魔導式目覚ましベル”を掴みながらムクッと起き上がる。
長くて細い三つ編みが一本ずつ両肩に垂れ下がり、あとはサッパリと短く切り揃えられた髪型で、歳の頃は十七、八くらいだろう。やや細い目をして、顔にはいくらかそばかすがある。そして、宇治色の瞳は半分だけ青く染まっていた。
「ル〜〜〜〜ワァ〜〜ン」
青年は自分の寝ていたベッドから下りると、ルーワンのほっぺたを摘む。しかし、ルーワンは眉を寄せて唸っただけ。起きる気配は全くない。
布団を引っぺがしたり、足の裏をくすぐってみたり、悪臭を放つ自分の靴をその鼻っ面に持って来てみたりするのだが、それでもルーワンはそれらを避けようとするように、寝返りを打つだけだった。
青年はやるだけやりつくして、しばらくルーワンの足の前で棒立ちになった。それでもルーワンは起きようとしない。
青年の顔にどす黒い笑みが広がる――
「スーパーフライツイスティングボディアターーック!!」
「ふぐぎゃっ!」
口に出すのも面倒臭い技名を口にしながら、青年はルーワンの体の上に思いっきり倒れ込んだ。さすがのルーワンもその多大なる衝撃には耐え切れず、奇妙な悲鳴をあげながら目を覚ました。
「おら、朝寝坊常習犯ルヴァン! いい加減起きろよゴラ!」
「んんー……ゼクト……オレ、低血うぁつたから……」
あくびして何を言っているのか分からないルーワンの腹にゼクトは手を滑り込ませ、高速かつ滑らかに動かし始める。
「ふぁっ!? やめっ、ゼクト……ぎゃはははははは!!」
「オラオラオラオラァ! また寝に入るんじゃねぇ! テメェを起こすのがどんだけ大変か分かってんのか!?」
「わ……分かった! 分かったからその手を止め……あははははっ!」
ルーワンはヒーヒー言いながら、おかしいのか苦しいのか分からない顔で、ベッドの上をのたうちまわる。
その時、チンッという音と共に、暴れ回るルーワンの手によってたたき落とされた”魔導式目覚ましベル”が床に転がったのがゼクトの視界に入り、いけねっと呟いて、彼はようやくルーワンから離れた。
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