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06/22(Sat) 04:32
李土夢6
裡
目が覚めた先に広がる暗闇。
最初、自分がどこにいるのか分からなかった。
眠っている間に見た夢はカデムの一生ともいえる長いもので。
起きて直ぐには自分がたくるなのかカデムなのかも分からなかった。
暗闇に目が慣れるまでに反芻した自分の身に起こったこと。
カデムの記憶と共に、もう1人…玖蘭悠と名乗ったあの男の記憶も血と共に私の中に入ってきた為、だいたいの事を把握する事が出来た。
あの日、李土様が出かけたのは弟の玖蘭悠と妹の玖蘭樹里の夫婦の屋敷。
兄妹婚は純血種である以上珍しい事ではないと、カデムの記憶が教えてくれる。
…2人の事を李土様が良く思っていない事も。
それは樹里様が李土様ではなくあの男――玖蘭悠を選んだからで…。
見たこともないその人に対し怒りがわく。
李土様に望まれたくせにその手を振り払い、玖蘭悠の手を取ったその人を。
――憎いと思った。
玖蘭悠の血は断片的な情報を私にもたらした。
詳しい事などわからない。
けれどあの日、李土様を怒らせたのは玖蘭悠で…。
そのせいで李土様は次々に私たちを手に掛けていった。
怒りのままに力を奮った。
玖蘭悠が屋敷に訪れたのは自分が李土様を怒らせた自覚があったからだ。
怒った李土様が何かしでかさないかと心配になったから。
なんて偽善的な行動なのか!
李土様が何をしようと玖蘭悠には関係がない。
あの屋敷に住むものは全て李土様のもので…それをどう扱おうと李土様の勝手だ。
それを自分の罪の様に背負い、悔やむ事であいつはどこまでも李土様を下に見る。
悔しい悔しい口惜しい!
あまりの悔しさに涙が滲んでくる。
私の主がバカにされた。
私の王様が見下された。
あいつは李土様の“餌”である私達を憐れんで…侮辱している。
“家畜”として、食べられる為に生かされていた私たち。
それは異常な関係だと、あいつは極まっとうな価値観によって非難した。
知らないくせに!
“人”としては必要とされなかった“あたし”
いつ終わるともしれない闇の中で、終わりを――死を待ち望んでいた“あたし”
その“あたし”に終わりを提示して、救い上げてくれたのは李土様だった。
例え“餌”だとしても必要としてくれたのは李土様だけだった。
いつか“終わり”がくるからこそ、毎日を生きる事が出来た。
幸せを、幸せだと感じる事が出来たんだ!
もしも李土様が終わりを見せてくれなかったのなら、あんな風に笑えるはずがなかった。
温かい食事と寝床が保証され、殴られる事もなく…いつかくる“終わり”を夢見て生きる日々は心地よかった。
安心出来た。
それはその“幸せ”を取り上げられ、元の生活に戻ることに怯えずにすんだからだ。
無償の優しさなんてどこにもない。
あってもそれを信じることは“あたし”にも“私”にも出来ない。
“あたし”にあったのは“あたし”を押さえ付ける暴力だけ。
“人”として扱われた事なんてなくて。
雑用を押し付ける“道具”
鬱憤を晴らす“道具”
日々の糧を得るための“道具”
いつ失っても構わない“道具”
そんな価値のないものに“餌”としての価値をつけてくれたのは李土様だ。
李土様だけだったんだ!
あの屋敷にいたのはそんな、“見返り”がなければ生きていけない人ばかりだった。
李土様の“餌”である事を支えにする事で今ある“幸せ”を他人からの“優しさ”を信じることが出来た。
奪われる恐怖に怯えることなく今を享受できた。
あいつには、玖蘭悠には絶対に与えられない“救い”を“私”たちに李土様はくれたんだ…。
“優しさ”を素直に受け取れない。
“優しく”されることを怖いと思う。
何をいつ奪われるか分からなければ、不安で仕方ない。
びくびくと怯えて生き続けるより、一思いに死んでしまいたい――。
そういう風に思う人がいる事を、きっとあいつは知らない。
幸せに慣れていない人間は、それに慣れてしまう事こそ恐れるという事を。
幸せに生きてきた人間は想像だって出来ないに違いない。
だからこそ嬉しかった。
だからこそ浸る事が出来た。
“幸せ”が取り上げられる時は“終わり”がくる事を知っていたから――。
そう、李土様が約束をくれたから。
“幸せ”も“終わり”の約束も。
“私”にはもうなくて…。
この手に残るのは絶望だけだと…。
涙は溢れ続け止まらない――…。
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07/11(Thu) 03:07
李土夢7
裡
零れる涙を拭うのは――。
自分しかいない。
いつの間にか眠っていたらしいと、僅かに明るくなった部屋を見て思う。
乾いた涙で顔が強ばり気持ち悪いと思う。
「かお、あらいたいな…」
自然と出てきた言葉に昔を思い出して自嘲する。
昔は泣きながら寝るのは当たり前で、そうでない時は疲れて泣く気力もない時くらいだった。
夢も見られないほど深く眠り、このまま目覚めなければ良かったのにと…そう思いながら蹴り起こされる。
身なりを整えようなどと思う余裕はなく、ただひたすらに1日が終わるのを待っていた。
眠るのが勿体ないと思える様になったのは。
“明日”が楽しみだと思える様になったのは。
全部李土様に拾われてからだった。
止まったはずの涙がまた溢れてくる。
――李土様に会いたい。
胸を占める想いはそれだけで。
でも李土様はもう“たくる”を食べてはくれない。
“たくる”は李土様に捨てられたのだと…絶望だけが心を占める。
――から“たくる”になって、李土様に食べられる為だけに生きてきた。
李土様に食べてもらえないのなら――。
“たくる”に生きている価値はないんだ。
「う…ぅぇ…」
声を上げて泣くのは久しぶりだった。
李土様の屋敷にいってからは哀しくて泣く事なんてなかった。
その前にいたところは下手に泣けばうるさいと殴られた。
例え声を上げなくても、泣いているところを見られれば鬱陶しいとやはり殴られた。
「ふえ…」
それから見つからない様に泣く事を覚えた。
寝床に潜り、体を丸めて膝で顔を隠し静かに泣けば気付かれる事は少なかった。
元から汚れていたから、起きだした時に涙の跡を気付かれる事もない。
助けられなければ良かった。
カデムには悪いけどあのまま死んでいれば良かった。
そうすればこんな気持ちにならずにすんだ。
ただ食べてもらえなかったと嘆いて、嘘つきと詰って。
絶望の中で死んでしまえば。
絶望しかない世の中で生きていかずにすんだ――!
優しい世界を識ったあとだからこそ、元の生活に戻るのは怖かった。
“たくる”でいる幸福を識って、それでどうして――に戻れるというのか。
李土様のおかげで忘れていた恐怖。
それが呼び起こされて。
ただただ恐くて。
不安で。
普通の子供がそうするように。
――声を上げて泣いた。
「…どうしたの?」
「っ!」
どのくらいの間泣いていたのか。
段々と泣くのに疲れてきた頃、突然に声がかかる。
…泣くのに夢中になっていて、人が入ってきたのに気付かなかった。
「…怖い夢でも見たの?」
気遣わしげに訊ねてくる声は女性のもの。
今はまだ布の向こうにいるその人は…。
「大丈夫よ?ここには怖いことなんて何もないのだから」
優しく慰めるかの様に声を掛けてくるこの人は。
「どこか痛いところとかない?」
そっと布を捲り上げ、白い手を伸ばしてくるその人は。
「私は玖蘭樹里、貴方の“元”主人の妹よ」
とても綺麗な笑顔を浮かべ。
それが救いであるかの様に残酷な事実を口にのせ。
私を更に絶望へと追い落とす。
「う……」
李土様に捨てられたと、わかっていた事実を突き付けられ、また嗚咽が零れれば優しい手が涙を拭ってくれる。
「可哀想に、怖かったわね?」
なにもかも分かっているフリをして。
「でももう大丈夫よ?ここにいる限りは安全だから」
――この人も李土様を貶める。
私が何を嘆いているのか。
何を恐がっているのか。
自分の価値観に照らし合わせ、弾き合わせた答えが間違っているとも思わず。
――私の心を勝手に決め付ける。
違うのだと。
この人たちが善かれと思ってした事がどれだけ私にとって残酷な事だったのか。
教えたくて、知らしめたくて。
言葉にしようとしても出てくる事はなくて。
頭を振り否定をしようとしても更に誤解を招くだけ。
「怖いのなら私が眠るまで側にいてあげる」
そう言って抱き締めてくるこの人は。
かつて李土様に絶望を与え。
今は私に絶望を与える。
優しい天使のフリをして。
貴方にその資格はないと。
目の前で天国の門を閉じるんだ。
僅かに垣間見るその世界の素晴らしさを魅せ。
決して手に入らない幸福を想わせ。
より深い地獄へと落とす。
なんて…残酷な人なんだろう――。
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10/06(Sun) 01:14
李土夢8
裡
生きているとはいえない毎日は死んでいるのと同じ。
どれだけ人から幸運だと囁かれても、羨ましがられても。
私にとっては絶望に満ちた日々だった…。
李土様に捨てられて、その原因を作った男――玖蘭悠に拾われた。
その後“保護”という名目で、怪我が回復した今も追い出される事なく屋敷に置かれている。
“小さい”からと。
“兄が犯した罪”だからと。
実に偽善者らしい理屈を並べ、玖蘭悠は私を“使用人”としてではなく“客人”として扱う。
それは、己が抱いた罪悪感を軽くするための行為で。
――私にとっては迷惑な行為でしかなかった。
身分不相応な部屋をあてがわれ、今までに触った事も無いような豪華な服を与えられ。
不必要な“教育”を受けさせられる。
上手くやったな、と妬みまじりの言葉が囁かれ。
良かったわね、と優しく微笑まれ。
悠様に感謝しなさいと諭されるたびに憎しみが心の中に降り積もっていく。
…捨て置いてくれれば良かった。
取るに足りない小娘の事など放り出せばいい。
そうすれば。
――私は李土様のところへ戻る事もできたのに。
戻っても、もう“たくる”の居場所はないだろう。
玖蘭悠に助けられた“たくる”を、李土様が許してくれるはずがない。
李土様が“たくる”を食べる事などもうない。
そうと分かっていても。
――諦められない。
戻れなくても。
食べてもらえなくても。
殺してくれるのではないかと。
終わりを与えてくれるのではないかと。
――期待する。
「カデム……」
自分の命を犠牲にして、私を生かしてくれた人の名を、嗚咽に紛らわせて呼ぶ。
カデムはどうして私を庇ったのだろう?
私の事など見捨てれば、李土様はカデムを手に掛ける事はなかったのでは?
自身の血を私に与えるのではなく、反対に私の血を吸えば。
カデムは助かったのではないだろうか?
――あのまま死なせてくれれば良かったのに。
そう思う自分が情けなくて。
助けてくれた人を恨む自分の心が許せなくて。
いつまでたっても涙が止まらない。
生きる意味をくれたのが李土様なら、生きる術(すべ)をくれたのはカデムだった。
1つ1つ出来る事を増やしてくれて。
出来る様になるまで根気よく教えてくれた。
出来るようになれば良くできましたと褒めてくれた。
それが。
すごく嬉しかった。
“親”というものはこういう人をいうのではないかと思った。
――大好きだった。
大好きだったんだ。
私がカデムに向ける感情がそう表すのだと知ったのはここにきてからで。
伝える術はもうなくて。
大好きな人の命を犠牲にして生き延びたのに、その人の最後の望みを叶える事もできない役立たずな自分。
何より悔しいのは、世界で1番憎い人物によって生かされている事実。
「…たくるちゃん?」
暗闇の向こうから声が掛かる。
優しい声で心配だと訴えながら、近づいてくるその人はそっと私の涙を拭いてくれる。
「また思い出しちゃったの?」
私を刺激しないようにか、小さな声で問い掛けてくるそれに首を横に振る。
この人は、私がいつまでも李土様を恐がっていると勘違いしている。
なんど違うと訴えても、信じてはくれなくて。
訴えれば訴えるほど李土様が貶められていくようで。
今では何を言うでもなく首を横に振り否定するだけにしていた。
樹里様はいつものように私を抱き締めて、泣き止むまで頭を撫でてくれる。
この優しい人は優しいがゆえに残酷で。
この人が私に同情し。
手元に置きたいと願うから。
――玖蘭悠は私を屋敷に留め置く。
玖蘭悠は偽善者ですらなく、ただのエゴイストでしかなく。
その持てる力の全てをこの人の為に使うのだ。
つまり、私を飼い殺している。
私の本当の敵は。
――私の為に泣いてくれる人。
END
かなり久々ですが続きをupです。
たくるは悠様が大っ嫌いですが樹里様に向ける思いは複雑。
嫌いだけど、自分の為に泣いてくれる人が初めてで戸惑っている。
樹里様を好きになる事は李土様に対しての裏切りだと思っててブレーキがかかってる。
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10/30(Wed) 22:23
李土夢9
裡
無為な時間は積み重ねられ、いつ終わるともしれぬ監獄の日々…。
本来の身分からは考えられぬほどの扱いを受けているとは思う。
けれど、それを私自身が幸福だとは思わずに。
逆に苦痛に感じるのなら…囚人と同じだと。
何度目かもわからぬ初雪が降る窓の外を見ながら思った。
玖蘭の屋敷で過ごす日々は単調で、周りにいる者たちの変化はないに等しかった。
最も多く私に関わる2人は既に成長が止まってから何世紀経つのかもわからない。
…そんななかで、自身の身体に起きた変化に気付いたのはずっと後になってからだった。
鏡に映る自分の姿の変化が酷くゆっくりだという事に――。
「…成長してない?」
ある日突然気付いた事実に、鏡に映る自身に触れながら疑問を口にする。
ここに来て、既に何年経ったのかわからぬほどの時が経っている。
けれど、鏡に映る自分は…ここに来た時とほぼ変わらぬ姿のまま。
年齢にすれば1年…どんなにひいき目に見ても2年ほどしか成長していない。
「な…ん、で…?」
胸の奧を掴まれたかのような、不安な気分に陥りながら自問する。
今までは、もっと成長が早かった。
貴族や、それこそ純血種なら成長が遅くなる事も、止まる事も有り得るだろうけど…私はただの吸血鬼で。
人間よりも多少遅い成長速度だった。
…そのはずだった!
思い当たる原因なんて1つしかなくて。
「くら、ん…はる、かぁ…」
呪咀を込めてその名を呟く。
あの時に飲んだ玖蘭悠の血は、どこまでもこの身を縛る。
“大人”になれば。
大人になれば、この屋敷から出ていく事も出来る。
大人になれば。
――李土様に食べてもらえると。
そう…。
思っていたのに。
願っていたのに。
そんな。
そんな細やかな願いすら…叶わないのか。
そんな細やかな願いすら奪われるのか!
悔しくて、涙が流れる。
鏡に映る自分が憎くて憎くてたまらなくて。
思わず拳を振り上げた。
派手な音を立てて割れる鏡に映る自分は歪んでいて。
それを見た私も歪んだ笑みを浮かべる。
傷ついた手からは血が流れて…その血の中に玖蘭悠の気配を感じたような気がして。
もう1度、拳を奮った。
「たくるちゃんっ!」
血の匂いを感じとったのか、慌てた様子で樹里様が部屋へと駆け込んでくる。
大丈夫?と聞かれるが、何かを答える余裕なんてなくて。
ただ頷けば優しく抱き締めてくれる。
それは私が泣いている時にされる、いつもの行為で。
…いつの間にかその行為に安心する様になっていた。
「じゅり、さ、ま…」
震える声で名前を呼んで、そろりとその背に手を回そうとしたところで。
「樹里様、血の匂いがしましたがいかがなさいました?」
初めて聞く声がして、ビクリと私の手が止まった。
「…一翁」
開いたままのドアから入ってくる男を見て、樹里様は警戒を込めた声で、おそらくはその男の名を呼ぶ。
その男は片眉をあげ、睨み付ける様にして私を見てくる。
その男の視線に。
纏う雰囲気に。
ブルリと震えた私を庇うかのように、樹里様は私を抱き締める力を強くした。
END
一翁登場です!
たくるは純潔種の血を飲んだ事によりかなり成長が緩やかになったという設定。
ここからやっと話が動き始める…予定です。
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