君が笑うその世界を愛してる3

□第76夜
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騒ぎが静まったところで、みな改めて席に座りなおす。
私の傍に控える様にして立つすうちゃんと、その腕に抱えられたえんちゃんへと、母様の視線が向けられた。
その途端に顰められた眉は…えんちゃんの姿を見て事情を察したからか。

「2人が騒ぐから紹介も聞けなかったわ」

まだ少し冷たい声音に父様はビクリと体を震わせ縮こまり、閑様と壱縷さんのはすうちゃんとえんちゃんに視線を向ける。

「…お前はあの時の!」

壱縷さんが眉を寄せ、厭う様に声を上げる。…そういう表情をすると零さんにそっくりだ。
「ああ…」
閑様もすうちゃんが誰だかわかったようで、得心がいったとばかりに1つ頷いてみせた。
「はい、お久しぶりですね。閑様、壱縷さん」
にこりと微笑み頭を下げるすうちゃんと、閑様たちをえんちゃんはその腕の中で見比べている。
…壱縷さんのすうちゃんに向ける視線は決して友好的とは言えないもの。
だが、対する閑様はニヤリとした笑みを浮かべ「あの時は世話になったな」と礼にも似た言葉を落とす。
「私は玻璃様の望みを叶えただけですので、どうかお気になさらず」
「お前…」
すうちゃんは言葉の裏に閑様の事などどうでもいいという意図をわざと乗せる。
それに怒りを見せる壱縷さんを閑様は片手をあげる事で諌める。
それに壱縷さんは大人しく口を噤むもギロリとすうちゃんを睨んだ。
…仲良くはしなくてもいいからケンカしないで欲しい。
少なくとも2人とも進んでケンカを売るタイプではないので、枢と零さんよりはまだ安心して見れるけど…。
そんな私の心配など全く気付く様子もなく、閑様は続けて話し掛ける。
「まだお前の名を聞いていなかったな」
「玻璃様付きの従者をしております“明日数”と申します」
「俺はえんです!すう兄の弟です!」
閑様に促されすうちゃんが名乗れば、その腕の中のえんちゃんも手を挙げて元気よく答える。
「…子供?」
そのえんちゃんを見て、父様が疑問の声を上げた。

「…すう、えんを連れてこちらにいらっしゃい」

母様が静かに命令をすれば、すうちゃんが許可を求める様に私の方を向いたので頷いて見せた。
少しだけ表情を硬くした母様は、目の前まできたすうちゃんを跪かせ、同じ視線となったえんちゃんへと手を伸ばす。

場が、緊張を孕んだ空気に満たされた時、ポツリと母様が呟く。

「…術が完全ではないわね」

その声は、小さなものなのにこの場にいた全員に聞こえただろう。

「このままでは遠からず自壊するわよ?」

そして冷たく鋭い視線を私へと向け、ズバリと事実を突き付けてくる。
…分かっていた事ではあるが、はっきりと言われるとやはり胸が痛む。
「…わかっています」
自然、答える声は暗いものとなり視線も上げられず俯いてしまう。
「ならどうして人型のままにしておくの?
…元の姿の方がまだ自壊速度も落ちるでしょうに」
母様は事実のみを淡々と述べていく。…それが責めるかの様に聞こえるのは、私がそれに何も言い返す事が出来ないからだ。

起きてから、ここにくるまでの僅かな間。
動くたびに綻びていく術。
全てが危ういバランスで保たれていて…、だからこそ歩けるというえんちゃんを歩かせなかった。
少しでも、術の綻びを遅くするために…。
それには人の姿よりもヌイグルミの姿の方が良いのも確か。

そんなこと、わかっていた。

けど……。

置いていかないでと泣いて縋ってきた子を、説明もなく、本人の了承も得ないまま…何も言えない姿にする事はできなかった。

膝の上で手を握り黙り込む私と、そんな私に冷たい視線を送る母様を父様はオロオロと見比べ、閑様と壱縷さんは静観する。

「玻璃姉様を苛めないで、瑠璃様」

沈黙で支配された空気を、泣きそうな声が破る。
「あら、苛めてないわよ?」
その声に、心外だという様に母様が返せば、私が哀しい顔をしていると更に訴えた。
「…元の姿に戻ったら話せなくなる。
だから玻璃姉様は戻せなかったんだ。…まだ何も話してなかったから」
そこまで言ったえんちゃんは、視線を私の方へと向けてジッと見てくる。
それに、呼ばれる様にして近寄れば、縋る様に腕を捕まれた。
「玻璃姉様、話せなくなるのは寂しいけど…置いていかないって約束してくれるなら。
いいよ?」
「…えんちゃん」
「……戻っても」
小さく落とされた声は、本心からのものではなく。
本当は嫌だとその瞳が言っていた。
浮かべた笑みには諦めしかなくて…それがまたつばめくんと重なる。

「…えんちゃん」

私が泣くのは卑怯だと、分かっていたから耐えていたのに…耐えきれずに涙が落ちた。
そこにいるのを確かめる様にして、すうちゃんごとえんちゃんを抱きしめる。

「約束する」

2度と、えんちゃんを置いてはいかない。
これから先の長い時をずっと一緒にいる為に…今、少しだけ我慢しよう。
えんちゃんの強さに、甘えてしまおう。
…つばめくんと同じ、その強さに。

「玻璃姉様、すう兄…大好き!」
「私も大好きですよ、えん…」
そっと、告げられた想いにすうちゃんも同じ言葉を返せば、縋る力が強くなった。

「…大好き」

私も、まるで懺悔をする様な気持ちでそう呟いた。


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