君が笑うその世界を愛してる3

□第78夜
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えんちゃんを抱いたまま、すうちゃんと一緒に地下書庫へと移動する。

そこにはいくつも部屋があり、今までにご先祖様たちが研究していた資料が個人別に収められている。
私が探している資料もここにあるはずだ。

階段を下りれば、ひやりとした空気に迎えられる。
ここに電気は通っていないため、灯りになるのはすうちゃんが持つ燭台だけ。

暗くても吸血鬼の瞳には関係ないが、ぼんやりとした灯りで照らされる廊下はお化けでも出てきそうな雰囲気だ。
…優姫ちゃんなら怖がるかな?
確かお化けの類は苦手だったはず…と思いだしながらそれぞれのドアに描かれた紋章をチェックしながら奥へと進んでいく。

“南風野”には家紋とは別にそれぞれ個人で紋章を持つ習慣がある。
私は燕を模したもので、母様は剣と杖を交差させたもの…という様に。
それは色んなところに目印として使われる。
…自分に逆らったものにマーキングしたり(21夜)、研究資料に署名の代わりに残したり…とかね。
ドアには紋章が描かれ、それを見れば誰が残したものか直ぐにわかる様になっている。というわけだ。
例えば今探している資料は愛璃様が残したものなので、紋章はアイリスの花を模したものが使われている。
つまり、アイリスの花が描かれたドアの部屋に置かれている可能性が高い。
奥から順に部屋を使っているため、愛璃様の書庫は手前の方になる。
血の繋がり方的には私の祖母に当たる方なのだが…私が生まれる前に眠りについているため良くは知らない。
そのせいか気軽に“お祖母様”とか呼べず名前に敬称をつけて呼んでしまう。
まぁ健在だったとしても見た目は母様達と変わらなく見えるだろうから、やっぱり“お祖母様”とは呼べないだろうけど…。

色々と思考を飛ばしながら歩いているうちに、アイリスの紋章が刻まれたドアを見つけて中に入る。

ここに入るのも久しぶりだ。

最後に来た時と変わりはないはずなのに、変わった様に見えるのは私の気持ちの違いからか…。
あの時は、ゆっくり周りを見る余裕などはなかった。
当時の心境を思い出せば、懐かしいような苦しいような…複雑な気分になる。
1番ドアから近い位置に設(しつら)えられた本棚の前に立ち、適当に1冊取り出せば中のページが1部折り曲がった後が残っている。
地下書庫の部屋には資料の劣化を遅らせる術式が掛けられている事もあり、本来なら保存状態は良好のはず。
そもそも普通に保管していれば劣化や虫食いなどはあっても、こんな折り目が残るはずがない。…これは私がしたものだ。
あの時は“何か”を求め、次々と本を漁っていった。その扱いは乱雑なもので…こうして傷付けてしまった本が何冊もある。
知識のつまった本を乱暴に扱うなど、今では考えられない。…2重の意味で。
自身の意志はもちろんあるけれど、今そんな事をしようものなら母様の“お仕置き”が待っている。

うっかりと思い出してしまい、ぞわりと悪寒が走り抜ける。
…うん、あんなの1度で充分。

「寒いですか?」

その様子をみてすうちゃんが心配そうに聞いてくるので大丈夫だと返す。…顔が引きつってでもいたのか、すうちゃんの表情は変わらなかったが、重ねて大丈夫だといえばそれ以上は何も言わなかった。
誤魔化すためではないが、手に持った本へと再度視線を落とす。
折り目のついたページを捲り中を確認するが…あまり関係はなさそうだ。
それを本棚へと戻し、さて、どの辺りから手をつけようか…と奥へと視線を移す。

いくつもある本棚は基本、年代順で並んでいて、奥の方が古く、手前の方が新しいものとなっている。

夢で見た内容が合っているかどうかはわからないが…あれを信じるならば誰かにしつこく求婚されている…独身時代?
となると結婚前になるから…奥から見た方が早いかな?
何番目の本棚から結婚後になるのだったか…と適当に本を引き抜き中身を読み検討をつける。

基本は研究資料を収めてあるのだが…普通に日記なども混じって置かれているのでそこから年代を割り出す。
なぜ日記が混じっているかというと…その時に研究している事が書かれていたり、思いついた構想が書かれていたりするため。
反対に研究資料の方に日記が書かれている事もある。…ようするにごちゃ混ぜ。

私にも覚えがあるけれど、覚え書きのつもりで書き始めて止まらなくなった…とか良くあります。
余裕があれば纏めて書き写したりもするけれど…終わった研究に時間を取られるよりも新しい研究に時間を割きたくなり、結局そのまま放置。とかね。

うん、良くある。


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