君が笑うその世界を愛してる3

□第82夜
1ページ/3ページ



カチャリと音を立てて、カップがソーサーに置かれる。
それを合図にしたかの様に…父様の雰囲気が変わった。
その事で、いよいよ“本題”に入るのだとわかり、私も緩めていた気持ちを引き締めた。
「…ハンターの双子が“貴重”だとは前にも言ったな?」
問い掛けに、コクリと頷く。

3000年という長い月日を生きてきた父様ですら、見るのは壱縷さんが初めてだと言っていた。
それほどまでに、珍しい“ハンターの双子”…生まれない理由。
「ハンターの血筋で母胎に双子が宿った場合、2人とも流産か死産になる」
静かに語りだされたその内容に驚き、父様を見ればシニカルな笑みを浮かべてい…何かを言う前に先を続けられる。
「まだ自我を持たない胎児。
本能のみに操られた双児は必ず母親の胎内で互いを食らいあう」
「そんな、の…」
――まるで吸血鬼だ。
かろうじて飲み込んだ言葉。
だが口にはしなくとも、父様には見透かされたらしく…ふ、と笑みを消し更に先を続ける。
「稀にだが一方が片割れの命と力を奪いつくし最凶のハンターとして生まれてくる事もあったらしい」
淡々と語られるそれに、しらず背筋が寒くなる。
…聞いていて楽しい類の話では、決してない。
「あいつの片割れは全てを食わなかったようだな」
甘い奴だと吐き捨てる様に言って、ドサリと背もたれに凭れ掛かる。
「…どういう事?」
なんとなく、部屋が寒くなった様な気がして…えんちゃんを抱きしめる力を強くしながら訪ねる。
「なんだ、聞いてないのか?」
「…何を?」
以外だという顔をした父様は、問い掛けに答える前に紅茶を手に取り口へと運ぶ。
その僅かな間ですら焦らされているかの様にもどかしく…私はそんな焦りを隠すかのように自身もカップを手にとった。
すっかり温くなった紅茶を一口、二口と飲み、喉を潤す。…知らぬ間にだいぶ喉が渇いていたらしく、結局は全部飲み切ってしまう。
それだけ父様の話に引き込まれ…内容に緊張していたみたいだ。
血の気が引いたのか手が冷たく、温かい室内にいるのに悴んだように動かしにくい。
カップをソーサーに戻したあと、父様に気付かれない様…さりげなさを装ってすうちゃんを握っている方の手に重ねた。
「あいつは体が弱かったらしいぞ?…今は閑の血のおかげで丈夫になったらしいがな」
…壱縷さんの事を語る時の父様は不機嫌になり、それを隠そうともしない。
決して名前で呼ぼうとしないところからも忌々しいと思っている事がわかる。
「つまり、あいつは片割れに食われかけていたという事だ」
…なのに、生まれてくる事ができた。
その事実が示すこと。

甘いと思うだろう?と同意を求めてくる父様に、頷く事は出来なかった――…。

私が黙ってしまった事で、部屋の中には少し気まずい空気が流れ始める。
「…玻璃?」
心配そうに私の名前を呼んでくる父様には慌てて笑みを向けるけど、それがぎこちないものになってしまった事がわかる。
「…そんなにショックだったのか?」
少しして、心配そうに問いかけられたそれによって自身の気持ちに気付かされる。

そうか、私はショックを受けているのか。

ハンターの双子の話。
それを、ただの昔話として聞くには…私は零さんに近づきすぎた。
彼を友人――零さんが私の事をどう思っているかは知らないが――だと思っているからこそ、流す事ができない。
感情移入をし過ぎてしまっている。
少し前――零さんに会う前に聞いたのなら、そうなんだと…済ませていたに違いないのに。
今は相応の重さを伴ってしまっている。

…不思議だね。

最初は、貴重なサンプルだと、実験動物(モルモット)としてしか見ていなかったはずなのに…今は違う。
今までも死んでほしくない、幸せになってほしい。と、そう思ってはいたけれど。
それは零さんにつばめくんを重ねて見ていたからで。
私とつばめくんの代わりに…優姫ちゃんと幸せになってもらいたかったからで。

決して“零さん”の幸せを願っていたわけじゃない。

2人の未来に、私とつばめくんの未来を重ねてだけ…。
けど。
今は。

零さんが許してくれるなら、今度は“友達”として。

零さん自身の幸せを願うよ。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ