君が笑うその世界を愛してる3

□第83夜
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たった今、聞いたばかりの話。
その登場人物の1人。
片割れに食われかけ…生き残った双子の片割れ。

「壱縷さん…」

俯いていた視線を上げて、零さんと同じ顔した人を改めて視界に入れながらその名を口にする。
その表情すら零さんと同じ、何かを憂い、苦しんでいる様に見える。
「珍しいね、1人なんだ」
何かを探すかの様に、視線を巡らせた後に発せられたそれは、嘲るような、からかうような…そんな響きを持っていた。
指しているのはすうちゃんの事かな?
すうちゃんが私の傍を離れたのは、この屋敷に戻ってからは数えるほど。ほぼ一緒にいた。
でもそれは。
「壱縷さんも、ね」
彼も同じだ。

壱縷さんは私が見る限り、いつも閑様の後ろに控えていた。
2人きりの時にどんな態度を取っているのかなんて知らないけど、少なくとも私達といる時は“従者”としての態度を貫いている。…時々崩れるけど。
ワザと同じ口調で返したその意図に気付いたのだろう、壱縷さんはワザとらしく溜め息を吐いた。
「お前の母親に呼ばれていた…」
そう言って腕を擦るように一撫でする。…その行為自体はおそらくは無意識。
微かにする血の匂いから、採血でもされたのかと予想する。
「毎日毎日…どうにかならないのか、アレ?」
疲れた溜め息をもう1度吐いた壱縷さんはボソリと呟く。…その声には切実さが滲んでいる。
これは私から母様に何か言ってほしいという事だろうか?
「ごめん、無理」
そうは思ったけれど、母様に逆らうなんて恐ろしくて私には出来ない。
なので視線を逸らしながらも即答する。
「…そうか」
そうすれば諦めた響きの声が返ってきた。
短い間とはいえ、壱縷さんもこの家で暮らしている。
つまりは我が家の力関係を充分すぎるほどに把握しているはずで…それ以上は何も言ってこない。

…うちで最恐は母様ですからね!
だからこそ父様だって、直接壱縷さんに手出しをしていないのだろうし。
母様の楽しみを邪魔したらどうなるか…うん、考えないでおこう。
精神衛生状よろしくない思考を強制的に遮断すれば、後はただ気まずい沈黙のみが流れる。

「………」
「………」

別にこのまま立ち去ったって構わないんだけど、壱縷さんとこうして話す機会は今までなく…勿体ないと思ってしまう。
壱縷さんも同じなのか、それとも別の理由でか…沈黙を保ったままではあるが彼も立ち去ることはない。
「…もしかして、聞いた?」
やがて小さく落とされた呟き。
伏せていた視線を上げれば、浅紫色の瞳に射すくめられた。

主語の抜けたそれが、何を聞いているのか…直ぐにわかる。
そして、それを聞いてくるという事は、壱縷さんも知っているのだ。
“双子のハンター”の話を。
「閑様は狩人にふさわしい罰だと言っていた。
俺達の先祖が吸血鬼を狩る力を手に入れるために、吸血鬼の始祖をひとり食った罰……」
淡々と語られる言葉に、色は含まれていない。
――感情の排斥された声。
それに、何かを返す事はできなくて、ただジッと壱縷さんに視線を送る。

元はただの人間だったその人達に血と力を分け与え、武器まで与えたのは…“始祖”と呼ばれる始まりの吸血鬼の1人。
同朋がもたらす脅威から、“人間自身”に抵抗手段を与えた方。
かの人が、自分の命を犠牲にしてまでそれをした理由。
横暴な振舞いをする同朋が許せなかったのか、ただの正義感からか…同朋よりも“人間”を愛していたのか。それとも蹂躙されるだけの存在(人間)を憐れんだのか――。
当たり前だがその理由を知っていた人物は遠い昔に亡くなっており…それを知る事はできない。
どんな風にでも、想像できる。

ハンターになるには、ハンターの…“裏切りの始祖”を食らった人達の血を継いでなければならない。
つまり、私達吸血鬼とハンターは、互いが互いの見張り役であり、天敵であり…親戚でもある関係。ともいえる。

“望まぬ人間を吸血鬼に変えてはならない”

それは、始祖が定めた私達純血種が最も犯してはならないと言われている罪。
その意思を尊重しているからこそ、かろうじて保たれている吸血鬼とハンターの秩序。
…でも、それを守っている純血種は果たしてどれだけいるのだろう?
守られていないからこそ、“ハンター”というシステム(なりわい)が、レベルE狩りというシステム(役わり)が、何万年と経った今も残っている。
きっと、そのシステムは純血種が――人を吸血鬼へと変えてしまえる私達が――いる限り、なくなりはしない。

なんて、殺伐とした共生関係なのだろうね?


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