君が笑うその世界を愛してる3

□第108夜
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仕度をするので少し待ってて。と言い残し一条さんは部屋を出て行ってしまったので、部屋には私とすうちゃんと眠ったままの支葵さんの3人だけだ。
「す…ちゃ…」
声を掛ければわかっていますという様に微笑んでくれたけど…あえて言葉にする。

「すうちゃんはここに残って…皆を守って」
「…その“皆”の中にはアイツも入るんですよね」

不満げに問われたそれに。
「うん、バカな真似をしない様に見張ってて?」
別な言葉を使い肯定する。
…枢が何をしようとしているのか、わからないけど。
それはきっと、自分自身をも傷付ける事で。
枢は自分が傷付く事を、目的の為になら厭わないだろうから。
枢がそれをする様なら止めてほしいと頼む。――そんな事は誰も望んでなどいないから。
私が望むハッピーエンドは“皆が笑っている世界”それが許される世界。
この箱庭の様に幸せでいられて…でも仮そめではなく“管理者”がいなくとも良くて、誰かの為に別な誰かが不必要に重荷を背負わなくとも良い世界だ。
皆が心から笑える世界を望んでいる。
…もしかしたら枢も目的は同じなのかもしれない。
優姫ちゃんの為にそんな世界を創ろうとしているのかもしれない。
でも。
枢の中の“皆”の中には。

きっと枢自身は入っていない。

私は卑怯でずるくて…欲張りだから。
自分の幸せも。
大切な人の幸せも。
諦めたりしない。

枢は“皆”の幸せの為には自分の幸せを諦めてしまいそうで…それは私の望むハッピーエンドの形とは異なっているから…。

――邪魔してあげる。

「少々手荒になっても構いませんか?」
こっそりと悪戯を打ち明ける時の様にからかいを含んだ声で訊ねられる。
“言葉”で枢が止まってくれるなら、そもそも枢の計画はここまで進んでいない。ならどうしたって実力行使の必要が出てくる。
相手が枢なら無傷で…なんて無理な注文。
「…いいよ」
だから私も灰汁(あく)どい笑みを浮かべて受諾する。
純血種の頑丈さは良く知っている。
多少の怪我など直ぐに治ってしまう。
それより心に傷を負った方が深刻で、それを防ぐ方が大事だと思うから…。
ポケットの中にしまっていた黒い柄を取り出してすうちゃんに渡す。
「…あまり、無茶はしないでね」
驚くすうちゃんに擦り寄って無事を願う。
すうちゃんならコレを使えるだろうし、戦う事になった時にすうちゃん自身の力を消費するよりは術具であるコレを使った方が消費を抑えられるはずだ。
ゾクリとした恐怖が呼び起こされるが無視をする。
先ほどの事が微妙にトラウマになってしまったらしい。

大丈夫、すうちゃんは私の前からいなくならない。

自分に言い聞かせる。
「しかし…」
「私は平気」
渋るすうちゃんに私には必要ないと告げる。
私がこれから向かうのは元老院。
決して安全とはいえないけど、そこにいるのは“ただの吸血鬼”だけ。
私が“純血種”でありそれ以外の吸血鬼は“純血種”に逆らえないという、その覆(くつがえ)る事のない理(ことわり)がある以上――私の優位性は保障されている。

それは枢にもいえる事だけど…。

純血種を止める事が出来るのは純血種だけ。

この学園に限定するなら枢を止める事が出来るのは優姫ちゃんだけ。
…でも優姫ちゃんだけじゃ枢を止められない。
2人の力の差は歴然としているし、優姫ちゃんの裏をかくとか枢なら簡単に出来る。
…だが、そこにすうちゃんが加わればまた話は変わってくる。
すうちゃんなら枢に勝つ事は出来なくとも足止めは出来るし、優姫ちゃんじゃ思いつかない様な事にも対応できる。
優姫ちゃんはちょっと真っ直ぐすぎるんだよね、いい事だとは思うけど相手が枢だと後手に回ってしまう事の方が多い。
すうちゃんは私の影響を受けているせいで捻くれた考え方も出来るしね、言い負かされる事もないと思う。
南風野の術具を使う事も出来るから安心だ。
だから…この“武器”が今必要なのはすうちゃんの方だと思う。
私が持っているよりも役に立つはずだから。
絶対の信頼を笑みに乗せて押し付ければ、すうちゃんは観念した様に受け取ってくれる。
「…お預かりします」
瞳の強さと決意の固さを重ねて、すうちゃんは恭しくそう答えた。
純血種に屈する事なく、南風野の術具を使えるすうちゃんはまさに“切り札(ジョーカー)”
その存在は効果的に使うことで間違いなくゲームに影響を与える。
…すうちゃんが私の切り札ならば、零さんは枢の切り札かな?
最恐のハンターになる素質を持ち、多数の純血種の血を取り込んできた“元人間の吸血鬼”
純血種すら滅ぼす事の出来る対吸血鬼用の武器を振るう事が出来る“吸血鬼”
その特異性があるからこそ、枢は選んだ。

――優姫ちゃんの騎士役に。

自分が側にいられない時に優姫ちゃんを守らせる為に――2人がしてきた事も許した。
枢は零さんに好意は持っていなくとも信頼はしている。
大切な妹を任せる事が出来るほどに。
――決して優姫ちゃんを裏切る事はないと。

それが歪んだ形のものであっても、枢が誰かを信頼しているという事実が嬉しい。
全てを1人で背負おうとしているわけではないと、知れたから。

少しだけ、安心できた。


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